涼やかな硝子の器に、橙色の粒が密集したフルーツを盛っていく。 さして大きくはない器はまるで金魚鉢のような形をしており、硝子の表面には花模様が刻まれていた。 酸味の強い大きな夏みかんの袋を、は一つ一つ丁寧にむいていった。 「おし、しゅうりょーう」 其処に置いてあった夏みかん二つのすべての果肉を器に盛り終え、手を濡らす汁をタオルで拭く。 そして、テーブルに置かれた蜂蜜の瓶の蓋を開けると、おもむろに夏みかんの果肉に垂らした。 金色の液体が、緩慢な動きで重力に従い、橙色の果肉に輝きを加える。 太る事を気にしていないのかそれとも食欲に忠実なのか、は蜂蜜をまんべんなくかけて。 酸味の強い蜜柑の香りに、甘く、纏わりつくような蜂蜜の香りが加わる。 その芳香を吸い込んで、彼女はきらきらと灰銀の瞳を輝かせた。 「いっただっきまぁーっす♪」 フォークなどの道具を使ったりせず、果肉を指で摘み上げてぱくりと口の中へ入れる。 甘味と酸味が絡み合って口内に広がる。ぷちぷちした果肉は噛めば容易く破れて詰め込んだ果汁を解き放つ。 手間がかかった分だけ、その美味しさもひとしおだった。 指をつたって蜂蜜や果汁が手を濡らすが、それを気にするつもりはさらさら無い。 あらかじめむいてある分だけ食べるのは早く、器に盛られた夏みかんは、既に半分程度の量まで減っていた。 『あ、ウマそー』 また一つ夏みかんを摘み上げた時、後ろから青年が顔を覗かせた。 青い髪に漆黒の瞳、整ってるのに親しみがある雰囲気の青年。手を止めてそちらに視線を向ける。屈んでいても天空の場合は見上げる状態になる程背が高い(つーか、ポケモン連中で一番身長高いし)ので、正直首が痛い。そのもの欲しそうな顔に、自然と眉間にしわが寄った。 「・・・・・・いっとくけど、やら」『頂きっ』 言い終わる前に天空の大きなごつい手が、の細い手首を掴んで引き寄せる。 あっという間に、その指に摘んでいた夏みかんは天空の口の中へと消えた。 色の薄い唇に比してやけに赤く色づいた舌が、の指についた果汁と、蜂蜜を舐め取って。 『甘くてウマいなーコレ。あ、こっちも貰うな♪』 にぱっと邪気だけは無い表情で、呆然とするに笑いかけて。 器の中の夏みかんを、一気に口の中へ放り込んだ。 「―――っって!」 『ごっそさん』 我に返った時には既に遅し。 丁寧にむいた夏みかんの残りはすべて天空の胃袋へ消えてしまった訳で。 びし、との額に青筋が浮かんだ。 「天空ー!今すぐ死ねてめぇ!!」 『うひゃぁっ!?何で怒るんだよ!?!?』 唐突にソファーから跳ね上がって拳を振るう彼女に、慌てて避けながら自覚0な問いを発する。 だがしかし。食い物の恨みは結構強かったりする訳で。 「こちとら苦労してむいてたんだよ夏みかんー!それを横から掻っ攫うかこの鬼め!!」 『なんだよのケチー!』 「よしボコる!!!!」 攻撃的な鬼ごっこを開始した二人が、騒々しい音を立てながら部屋を跳び出して。 カラになった硝子の器だけが、テーブルの上に残された。 |