葬儀はつつがなく、そして何処までも味気なく終わった。

 炎技を持つポケモン達が点けた火を、他のメンバーが絶やさぬように守り抜く。
 そうして遺骸が肉も骨も炭化し、生前の姿を判別する事など如何な手段でも叶わぬまでに滅却し、個々の境目すらも判別できぬものへと変貌させた頃、グループに属するメンバー全員の手によって炭は粉々の灰にされ、その土地へと撒き散らされるのだ。

 祈りの歌も別れの言葉も無い。
 ただ、時折誰かが零した涙や、啜り泣きが響くのみ。

「…………」

 時を忘れた世界で、死体は腐らない。腐敗の概念は無い。
 死を迎えた肉の塊は、手を加えられない限りは永遠にその瞬間を留める。

 だから、敢えて燃やし、散らす。

 その葬儀形式がいつ始まったのか、それは少女の知る事では無い。
 少女にとって、葬儀とは常にそういうものだ。
 全員が灰を撒き、その灰は鳥ポケモンの仲間が起こす風によって、できる限り遠く、広くへと散っていく。
 つい昨日まで生きていた仲間達は、もはや灰色の大地に溶け。混じり合って形を成さない。
 赤く目を腫らして、鼻を啜りながらキモリが隣でぽつりと呟く。

「……なんで、だろうな」

 流行り病だった。

 誰からだったかは分からない。
 けれど、確かに誰かから始まった病気は、あっという間に抵抗力の低い子供達全員を襲い尽した。
 少女も、キモリとて同様だ。熱に浮かされ、起き上がる事すらままならない一週間。
 たったそれだけの間で、グループにいた子供の半数以上が死に絶えた。
 少女とキモリが生きているのは体力があったから、そして運が良かったからに過ぎない。
 未だ病魔の影響でふらつく身体。それをおしてでもこの葬儀に出ているのは、何も彼女達だけでは無い。
 満足に立てず、大人に抱きかかえられた状態で参加している仲間もいた。


「ネ゛ル゛おね゛え゛ち゛ゃぁあああん! クルルがいじめたぁあー!」

 泣き虫で、だけど天真爛漫だったリゼット。

「むー。僕的にはー、ちょっと試してみただけ。みたいなー?」

 発明好きで、よく変なものを作って笑っていたクルル。

「はーっはっはっは! まだまだ遅い! ぬるいぞネルッ!」

 大人と同じくらい強くて自信満々で、弱気なんて単語と縁の無かったハクロ。

「おいおいシュヴァルツ、おまえもーちょいやさしい笑顔できねーの?」

 子供をあやすのが一番巧かったマオ。

「おれのユウナがままごとしたいそうだ! お前ら速やかに集合ーっ!」

 シスコンで、いつだって騒がしくみんなを盛り上げていたカズヤ。

「しゅばるつー、おはなししてー!」

 物語が大好きで、誰に対しても物怖じしなかったエマ。

「こいつの世話頼んだ。じゃ、オレ用事があるから☆」

 いい加減で、だけど罠を仕掛けるのは誰より上手だったイルパレロ。


 言葉を話す事すらできない幼い子供も、卵のまま、世界を何一つ知らなかった子供達も。


「お、それってジグのジジィがくれた“エホン”か?」
「汚い手で触るなイルパレロ。貴重品なんだからね、これ!」
「ねゆー! ちゅぢゅき、ちゅぢゅき!」


 みんな逝った。


「この“エホン”ってウソばっかり。地面は灰色だし、空は黒だもん」
「でもでも、本当だったらとってもすてき……」
「同感だ! この光景こそ、ハイパーな俺様に超似合うッ!!」
「「「 それは無い。 」」」


みんな、還った。


「案外、世界のどっかには残ってたりしてな。その“ハナバタケ”ってやつ」
「あっても喰い尽されてるだろ。煮付けにしたら旨そうだし」
「えーあたしサラダがいいー」
「ロマンの欠片も無いなお前らはよ」


みんな、みんな。


「でもさー。一度でいいから、見てみたいねー」


「……そこだけは、全員同意見だったっけ」

見つけた花畑をどうするかについては、議論百出だったのだけれども。
くすり、と。かすかに笑みを零した少女に、キモリは不審げな眼差しを向ける。
その視線に、気付かないはずも無かったけれど。

「ねぇ、ルツ」

仲間達の還ったモノクロの世界を見渡しながら、少女は戻らぬ過去を夢想する。
失った仲間と残った仲間。全員が笑いながら語り合った、たわいもないお伽話を夢想する。

もしも。

そう、もしも。

もしもこの大地を、あの時夢見た花畑に変える事ができたなら。


「ルツには、この世界はどう見える?」


できたなら。

Beautiful World


光を忘れた空、枯れ果てた大地、淀んだ空気。
それでも。それでも少女にとって世界は愛しく、美しいものだった。

美しいもの、だったのだ。




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(モノクロでも良かった。それでも構わないと、本当に、そう思っていたのだ。)