産まれたその時には、世界はもう死んでいた。
 雲は流れるものではなかったし、太陽も月も闇に飲まれて姿も知らない。
 水も花も草も風も、石とさして大差ないもので、薄明かりの闇が漫然と漂うのが当たり前。

 そんな世界が終わる。

 そんな世界が変わる。

 変えるんじゃない。終わるんじゃない。
 最初から。この長い長い、私達が産まれて、生きてきた世界すべてが“無いもの”になる。
 あるはずのなかった過去と引き替えに、あるべき姿の未来と引き替えに。
 世界は、修正されるのだ。

「イデア、協力してくれてありがとうね」
「……何? 唐突に」

 イデアは不審そうだけど、当然の感謝だ。
 だって、たとえどれだけ言葉を尽くしたとしても足りはしないのだ。この旅の、最大の功労者なのだから。
 私とルツはもう長い間ずっと、この滅びゆく世界に光と、時を取り戻そうと戦ってきた。
 時に関係する力を持つポケモンを尋ねた。伝承をしらみつぶしに調べ尽くした。
 執拗なヨノワールの妨害をかいくぐって、時空の塔の情報を集め、時の歯車を探し出して。

 そうして得たのは過去を変えるしか方法は無いという、絶望の結論。

 どれだけの日々を空虚に浪費しただろうか。
 命に代えて欲した未来を、手にする事のできない現実に。
 欲しかった。光に満ちた世界が。生きた世界が。
 かつて当たり前にあったものが欲しかった。


 未来が、欲しかった。


「ルツも、イデアにもっと敬意と誠意を見せなきゃ駄目だよ?」
「礼は言ってるんだが……結果を出す以外で、どう敬意と誠意を示せって言うんだ?」
「それはやっぱり、全身全霊の感謝を込めて抱きしめてみるとか」
「ちょっと!?」

 提案すればイデアが悲鳴に近い声を上げ、ルツの眉間にきついシワが寄った。
 ああ、これは本当にすべきか迷ってるね。
 実行すればイデアは照れながら怒るだろう。感謝してるのは一緒だから、きっと放っておけば実行する。
 イデアが未練を残すような真似だって、自覚もしないままで。
 だからわざとらしく明後日の方向を見て、聞こえるように一言付け加えた。

「って言うのは冗談だけど」
「おい」
「あはははは」

 眉間にシワを寄せて、ルツが私の頭をはたく。
 くだらない冗談。笑う価値さえ無い。
 そんな馬鹿な事をしてじゃれていられる時間は、もう残りわずかだ。
 見渡す世界は今日も暗い。何もかもが枯れ果てて澱み、漫然と、ただ死に向かって落ちていく。
 産まれた時から、ずっと見てきたこの光景とも今日でお別れ。

 もうすぐ私達は、過去へ行く。

「ルツ、イデア」

「あってはならないのは、この世界」
「……ああ」
「あってはならないのは、この未来」
「ええ」

唄うように、まじないのように。
唱えた言葉に、返るのはただ、肯定だけ。

「間違っているのは世界。誤っているのは私達以外の全て」

振り向けば、そこにいるのは二人の仲間。
長くて辛いばかりなこの道のりを、ここまで共にしてきた、たった二人きりの仲間。
この“世界”を否定して。私達のいない、光に満ちた“未来”を選んだ、どうしようもない大馬鹿二人。

「残ってもいい。妨害しても構わない。今この場で私の首を落としても恨みはしない。
 これまでの旅の全てを思い出にして、この朽ちた世界で平穏に死にゆく人生も悪くは無い。
 それでも来る? それでも行く? 過去を変えに。未来を終わらせに。同じく生きてきた、全てを殺しに」
「当然だ」

ルツは目をそらさない。
ああ、良かった。ルツは、迷ってはいない。
笑みを深めて、佇むイデアを振り返る。

「イデア。これが最終確認だよ。本当に、過去を変えて後悔は無い?」
「当たり前でしょ。何度聞かれても答えは変わらないわ」
「うん。ありがとう」

揺るぎなどひとかけらも存在しない回答に、満足して微笑む。
ルツの手が、私の頭を乱暴に撫でた。

「行くか。邪魔が入る前にな」

共有されるエゴイズム


わがままだって自覚はあるよ。
それでも私は総てを犠牲に、世界を犠牲に不毛の未来に幕引きする。

止めてごらん? いきたいなら、ね。





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