咆哮が聞こえた。




(     、 )




 呼び声が聞こえた。




( な   に  、    ? )



 戻っておいでと、還っておいでと。
 神と呼ばれるポケモンの、……ディアルガの。


「 いっておいで 」


 誰かが泣いている。
 私を呼んで、啼いている。

 悲しまないで。


 私にはもう、なぐさめてあげる事ができない。


「 行って、おいで 」


 ……そうだ。泣いているのはあの子。
 優しくて、明るくて。私をいつだって信じてくれた、とても強い、あの子。


「 待っている相棒がいる。
  待っている仲間がいる。
  戻る手立ては、ディアルガが与えてくれた。

  在るべき場所へ、――居場所へ、帰るんだ 」



( けど、 )



 戻っても、いいのだろうか。

 本当に、あの暖かい場所に私は戻っていいのだろうか。


 だって私は、あの時代にあるべき存在じゃない。
 未来からやってきた、元人間のポケモン。
 あの子と共に垣間見た、つめたくてくらい灰色の世界が私のあるべきところ。
 もう消えてしまった暗黒の未来が、私の故郷。


「 ちがうよ 」


 どうして。

 記憶になくても、私は確かにあの世界で産まれた。
 記憶になくても、私は確かにあの世界で育った。
 記憶になくても、私は確かにあの世界を生きた。

 記憶になくても――


( 私は、未来を“いま”のために犠牲にした。 )


 決意の記憶は無かった。
 消えると聞いた時には頭がまっしろになった。(どうしてどうしてどうして)(いやだいやだいやだいやだいやだ!)
 生きていたかった。死にたくなかった。消えたくなかった。ずっとずっと、“いま”をいきていたかった。
 みんなと一緒にこれからを過ごしていきたかった。

 あの子と一緒に、たくさんの冒険をして。


( あの子の。みんなの、未来のために。 )

 怖かった。
 恐ろしかった。

 どうせなら、最後まで知りたくもなかった真実だった。
 時の歯車を収めに行く道のり。ディアルガを止めるための戦いの時。
 何度も何度も、あの子を引き止めて全てを打ち明けてしまいたくなる自分を無理矢理押し込めた。
 だって、言えば優しいあの子はきっと泣いてしまうから。
 私と世界を天秤にかけて、それでも謝りながら、最後は一人でも時の歯車を収めに行っただろうから。
 たとえ恐怖に負けて私が敵に回っても、あの子は歩みを止めなかったと確信して断言できる。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 ぼろぼろ涙を零して、潰れそうな重荷を抱えて。
 謝って後悔して絶望して。
 結局想像の中だけだった告白、妄想にすぎないその姿に私は沈黙を守ると決めた。

 かなしい顔はみたくない。
 翳りなくとはいかなくとも、せめて日の下で笑っていて欲しかった。

 あんな暗い世界はもう二度と、繰り返してはならないと。


( あの瞬間、私は“私の未来”を捨てた。 )


 記憶が無くても。

 私は故郷の消滅を是としたんだ。(たくさんのものをみちずれにして、)



「 ちがうよ。

  貴方の記憶は、“あの子”に出会って“過去”から始まった。
  貴方の世界は、“あの子”に出会って“過去”から始まった。
  貴方の全ては、“あの子”に出会って“過去”から始まった。

  だから大切なのも大事なのも“過去”で。だから、貴方の故郷は“過去”。
  故郷を守りたかっただけ。だから、……背負わなくて、いい 」



 ぽつり、と淡い光が灯った。



( でも、それは犠牲の言い訳でしか無い。 )



 灯った光は、消える時に見た最後の光と同じ。



「 強情だね。
  いいんだよ、どうせ私は未来を終わらそうとしていたんだから。過程が違うだけ。
  記憶がどうあっても、過去を大切に感じるのなら結論は変わらない 」



 虫食いのように、侵食するように、増殖するように。


 ゆっくりと、手を伸ばすように広がっていって、優しく全てを照らし出す。



「 基盤にする記憶は無く、かつて抱いた感情さえも、その残滓が残るだけ。
  ……私の罪を、貴方が背負うことはないんだよ 」



( でも、貴方は )



「 私達は同じ存在。でも、ちがうもの。 」



( 私は、 )



「 ばいばい。ポケモンの“私” 」



 光に向かって背中を押される。



( 待っ―― )





「  い つ か 来 る 、 そ の 日 ま で  」

うたかたに消えた


 忘れない。
 私は、絶対に忘れたりしない。

 たくさんの犠牲のその上に、今の私がいることを。 ( その意味、を。 )





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性格も嗜好も考え方も感じ方もなにもかも同じ。
それでも記憶の基盤が違う以上、同一の存在では無い主人公。