思えば、長い夜だった。
くらいくらい、悪夢の世界だった。
わたし達が産まれ、育ち、生きてきたこの暗黒は。
それでも、これがわたし達の世界だった。
時を求め、光を求め、過去にあったものを追い続けて。
けれど、わたし達はずっと、この闇の世界だけを見つめて消えてゆくのだと思っていた。
光に満ちた未来を見る事も無く。
時の動く世界を見る事も無く。
在ってはならない、消えるべき未来の存在として。
それでも良かった。
それで、本当に満足だったなんて言えないけれど。
後悔なんて、無かったの。
「セレビィ……大丈夫か?」
「うん……だいじょうぶ…………」
自分も辛いはずなのに、心配そうにわたしを抱えて覗き込むジュプトルさんに微笑み返す。
鉛のように重い身体。けれど心は、こんな状況でもぬくもりに高鳴る。
ねぇ、ネル。信じられる?
一緒にいられるだけで満足していたわたしが最後のこの時、恋した相手の腕の中にいるだなんて!
「これは……」
ジュプトルさんが、呆然と呟く。
気付けば、世界を常に覆っていた闇は随分と薄くなっていて。
それとは対照的な目を眩ませるまぶしい光が、薄闇からすべてのものを照らしていく。
「あ、朝日だ……。日が昇ってきた……」
氷の山脈。
その彼方に見える海。
青色を透過して、昇るのは白の陽光。
「セレビィ、見えるか? 朝日だ」
囁く、愛しい声。
はじめて見る、世界の姿。
「こ……これが……? これが……朝日なの……?」
ふしぎ。
これが、時の動く世界。
これが、光のある世界。
これが、わたし達が追い求めた“あるべき世界”。
ネル。ネル。ネル。
どうしてかしら? 今、この場にあなたがいない事がこんなにも残念だなんて。
この場にあなたがいれば、ジュプトルさんがわたしを二の次にしちゃう事くらい分かってるのに。
「わたし……知らなかった……。
太陽が昇る世界って……こんなにキレイなんだ…………。
太陽って……こんなに温かかったんだ…………」
地鳴りが、響く。
大地が揺れる。
動き出した時の影響が、あちこちで始まっている。
だんだんと、霞んでいく視界。
鉛よりもさらに重く、ふかい場所へ引きずられていく身体。
太陽にかざしたてのひらは、もう、消滅光と混じって何処までがわたしなのかも判らない。
「わたし……消える前に、朝日が見れて……最後に……一緒に見れて……ホントに、良かった…………」
じわり、と視界が滲む。
ああ、駄目。もっと、この光景を目に焼き付けておきたいのに。
わたし達が願い続けてようやく手に入れた、この、希望に満ちた夢のはじまりを。
ここまで、本当にながかったわね。
でも、みじかかったようにも感じるの。
どうしてかしら?
「産まれてきて……ホント、良かった…………」
「オレもだ」
うふふ。
ねぇ、ジュプトルさん。ネル。
世界って、本当にステキね。
「さようなら、ジュプトルさん……。わたし……わたし…………」
しあわせ、よ。
最後の言葉は声にならず。
けれど、手に入れた凡てに微笑んで。
わたしは世界に別れを告げた。
そして見果てぬ朝が来る
長すぎた闇の悪夢は終わり、わたし達は光に満ちた現実へ。
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