お前にはこの世界はどう見える?
 誰より世界を愛して未来を求めて、光に飢えていたお前には。

「……これで三つ目、だ」

 見据えた湖面、今は飛び交うバルビート達も失せたその先。
 静寂が支配した空間の中、浮かぶ歯車が青い燐光を帯びて輝く様は神聖で、犯し難い程に美しい。
 初めて見た時は、未来で集めた時との違いに思わず息を呑んだ。本当に同じモノなのかと。
 手を触れる事が躊躇われるコレを見たら、お前はなんと言うだろうか。

「これが時の歯車、ね。想像と違うなぁ……」

 かつて。かつて“未来”の過去で、納得できないという顔でぼやいていたお前。
 ただ希望だけを信じて、時間を取り戻そうとがむしゃらに戦った日々の記憶。
 その先に在ったものを知った今となっては、苦くもある思い出。

 オレ達が欲して止まないモノが、ここには当たり前に存在する。

「……、ま……てッ」

 途切れそうな、ユクシーの声。
 視線を向ければ、もはや立ち上がる事さえできはしないのに、それでも必死に歯車を守ろうとあがいていた。
 あちらにしてみればオレは、信じられないような事をしている大悪党に見えるのだろう。
 迫る終わりを知らずにもがく様は滑稽で、・・・・・・哀れみすら湧く。
 視線を一方的に断ち切り、オレは湖の中へと入っていく。
 水面に波紋が広がり、小さな波が起きる。
 慣れない感覚に取られそうになる足を踏ん張り、歩みを進めた。
 ほんの少し動くだけで、時が確かに流れているのだと肌で感じる。
 ああ。これもあの未来には無いものだ。

「ルツには、この世界はどう見える?」

 あの、不毛の未来で。
 オレ達の生きる世界でお前が聞いたのが、思えば全ての始まりだったな。

 この過去には、お前とオレが求めて得られなかった全てがある。
 風も雲も大地も森も、空気さえもが自分の生を主張する。
 あまりにも賑やかすぎてしばらくはおちおち眠れもしなかったと言ったら、お前はきっと笑うだろう。

 オレ達が知る事の無かった世界。

 オレ達が、手に入れる事の無い世界。


「やめ、……なにして、るか……わかって、るの……!?」


 嗚呼。

 言葉にできない感情が、胸の奥で鎌首をもたげる。
 消える覚悟は、過去へ来る前に済ませた。
 決意を翻す気など無いし、今更後戻りしたいとも思わない。

 だが。

「分かっているさ」

 なぁ、相棒。

 お前が何より求める世界は、こんなにも素晴らしい。
  ( どうしてオレ達が手にする事ができないのかと、憎悪する程に。 )

 お前が選んだ世界は、こんなにも美しい。
  ( 涙が枯れて声が朽ちるまで泣いていた。絶望とさえ呼べない深淵をあの時知った。 )

 お前が焦がれた世界は、こんなにも優しい。
  ( 壊してしまいたくなるこの衝動に、なんと名を付ければいいだろう。 )

 どうしてオレ達が産まれたのは、この過去では無かったのか。
 どうしてオレ達が生きるのは、あの未来なのだろうか。

 この過去に生きる誰かが時の崩壊に気付き、止めていれば。 

「世界の為だ」


( オレ達は、いき続けていられただろうに。 )

楽園に捧ぐ墓碑銘


 命も仲間も世界も捨てた。
 だからせめて、生きた意味を残しに逝く。



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(死にゆく覚悟と幾千の犠牲を。)