清冽な、朝の光が窓から差し込む。
眩しい光が狭い室内を照らし、そこにある全ての形を明確にする。
開け放たれた大窓から舞い込む風が、ふぅわりとカーテンを揺らめかせていた。

古びた、木造の部屋。

その部屋に置かれているのは、小さな木のテーブルと椅子が一つ。
テーブルの上には、明らかに野草と思われる可憐な花が、濁った水の入った硝子のコップに入って俯いていた。
部屋の隅にある、唯一真新しい衣装ダンスは扉が開きっぱなしで、キィキィと風に揺られて音を立てている。
そして、そこで眠る者に比べればかなり大きめの粗末なベッド。
白いシーツにくるまって、はぐっすりと眠っていた。

整った鼻梁。
傷が多いものの、白くきめ細かい肌。
薄紅色の小さな唇が、わずかに開かれ、吐息に震える。
シーツの上に流れる髪は、黒水晶の漆黒と、躍る炎の紅とのツートンカラー。
長いまつげに縁取られた大きな瞳は、今はしっかりと閉じられている。

絶妙の配置で置かれたパーツは、凛とした印象の、ややきつめの造作として形を成している。

綺麗だ、と。
確実に誰もが感嘆のため息を漏らすだろう。
・・・・・・何らかの特殊な嗜好の持ち主でもなければ、だが。

「んー・・・・・・・・・」

無意識だろう、は抱き締めた枕に顔を強くすりつける。
形良い曲線を描く眉が、きゅうっと寄せられて。
丸まった猫のような体勢で、さらに布団の中へと潜り込もうとする。


ミュワワワワワワワンッッッ!


突如として、弛む鋼の如き嫌な音が、大音量で響き渡った。
ぴく、とまぶたが震え―――――その奥に秘められた、朱燈色の、猫科の動物を思わせる瞳が開かれる。
未だに眠りの淵を漂っているらしい、締まりのない表情で、もぞもぞとベッドの下に手を伸ばす。
そして、そこにあった奇妙に拗くれ曲がった鋼の時計の一部をぽちっと押す。
途端に大音量が静まる。

「・・・もー朝か」

眠りから引きずり出された人間特有の、不機嫌に低く寝ぼけた声で呟く。
噛み殺すどころか隠す事もなくあくびをすると、ベッドから下りてパジャマを脱いで放る。
無造作に椅子にひっかけてあったクリーム色のズボンと貫頭衣に、慣れた手つきで袖を通していく。
ぐしゃぐしゃになった髪は軽く手で梳いて直し、開きっぱなしの窓の下に置き去りにされた、鉄製の篭手や帷子状のそれを装着する。最近ついに、上下合計で800キロにまでなった重りだ。

そういえば、もう少ししたら200キロ追加するとか言ってたなぁ。

は即座に後悔した。思い出さなければまだ幸せだったのに。
幸せって何だっけと脳の片隅が呟いて、は寝起きにも関わらずうなだれる。
不覚にも十分くらい静止してしまったものの、それでもなんとか立ち上がって、顔を洗って食卓についた。

「いただきます」

両手を合わせてお行儀よくそう口にし、はスープに口をつける。
食事は、潤い少ない修行中のささやかな楽しみの一つだ。
対面に座るリオも、同じようにすまし顔で食事を口に運んでいる。

もぐもぐもぐ、・・・・・・・も グッ!?

数秒後、の表情がこれ以上となく歪められた。
口を押さえたままで流しにダッシュで駆け込み大きく口を開けて舌を押さえ、先程入れたばかりの胃の内容物をすべて吐き出し、大量に水を飲んでまた吐いてを繰り返す。
お食事中としては大変食欲の失せるBGMだったが、リオは弟子の行動をカケラも気にした様子は無かった。
しばしして、洗面所から青ざめた顔色で戻ってきたが苦々しい表情で訴える。

「師匠ー・・・お願いだから食事に毒盛るのは止めて下さい」

殺す気か

「何言ってんだい。こういう事は日常的にやるからこそ、いざって時に気付けるようになるんだよ」

「もっともらしいけどその理屈は納得したくない・・・・っ!」

なにせ、ほぼ毎日の様に最低一品には毒が盛られているのだ。
種類は下剤痺れ薬眠り薬笑い薬と実に様々。
しかも時々、トリカブトのようなシャレにならないものまで盛ってくるんだからタチが悪いったらない。
神経性アルカロイド系猛毒って、うっかり死んだらどうしてくれるんだ師匠。
恨みがましく睨んでみるが、の憤りもなんのその。
リオは平然とその視線を受け流し、食事の手を止めさえしない。

「そんなヘマ踏むもんかい。私は薬物の専門家だよ」

「思考さらっと読まないでもらえません!?」

「嫌なら顔に書いてんじゃないよ馬鹿弟子」

「貶された上馬鹿呼ばわり・・・・・っ」

がくり、とはその場に膝をついてうなだれる。
ずーんと漂う暗雲は、本日の朝の清々しさとはマッハの勢いでかけ離れていた。
なおもマイペースに食事を続けるリオは、毒入りのはずの食事も平然と胃に納めている。
その光景に、これも結構人外魔境な光景だよなぁと思いながら、はなおも反論を試みた。

「・・・・・・・師匠、アタシ時々生死の境彷徨わされてますけど」

かなり強力なのを喰らってくそ苦い解毒薬をたらふく飲まされた事は、それこそ一度や二度では無い。
生きてはいるけどこれって明らかに分量ミスじゃないのか、と言わんばかりのに、リオは呆れたように食事の手を止め、弟子の目をしっかりと見て。

「致死性の猛毒にこそ身体を慣らしておかないと、実戦で困るだろう?」

実戦で困っていい。あと幸せじゃなくてもいい。
せめて普通の食事が食べたい。

当たり前のように告げられたハードすぎる言葉に、は無言のままで壁に爪を立て、ずりずりと床に倒れこんだ。
何だかんだ言って毒入り料理に慣らされていく、それはもしかしなくても異常な日常の一コマ。






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完全に毒が体内から消える手前程度の解毒薬しか与えてません。
毒の味も覚えさせる意味もあったり。ほぼショック療法の領域。