エプロンに三角巾、マスクも当然外せない。 片手に箒、片手に雑巾の完全お掃除スタイルで、アタシはいそいそと掃除に打ち込む。 異常に重たい箒は、持ち手に鉛でも仕込んであるんじゃないだろうか。 そんな道具で、手際よく掃除を続行できるようになった自分に拍手。 箒を使うだけでも重労働だった過去に、しみじみと思いを馳せた。 修行でズタボロにされる事が無い!と最初の頃は掃除を喜んでいたものだったが、道具が道具なだけにかなりの重労働だった。しかも文明の利器(例;掃除機)無いしこの家。腰キツイ。 一旦戸棚を拭く手を止めて、窓の外に広がる森を眺めた。 いちいち賑やかだったを思い出す。 ここにいれば、一緒に脱走とか謎の生物発見・捕獲!とかやっていただろうに。 どうしてるんだろうな、今頃。 異世界にきてしまったアタシが、心配してもどうにもならない事は十分理解している。 普段は修行がキツすぎて意識の外に追いやられているけど、それでも時々、ふっと思い出すのだ。 ・・・・・・なんとなーく、元気に楽しくやってる気がしてならなかったりはするけど。 何でだろうなぁと自分で自分の第六感に首を捻って、棚の隅で輝くイヤリングに目を留めた。 箒と雑巾を置いて、手にとって眺める。 銀に輝くパーツに、優しいレモンイエローの石がぶら下がったイヤリング。 銀の部分には精緻な細工が施され、それだけでも十分に美しい。 ぶら下がった石は、あまり化工を施してはいない。 綺麗に欠けた断面を、もう一方とくっつけてみるとピタリと一致した。 むくむくむくと、好奇心が頭をもたげる。 首だけで後ろを向き、お茶をすすりながら本を読んでいる師匠に問う。 「師匠ー、コレ何ですかー?」 「見たまんまだよ」 スーパードライ。 顔を上げる事もなく即座に返答が返される。 いや、そうじゃなくてと半眼で抗議し、もう一度聞いた。 「いやだから、これってなんて石ですか?」 白色に近い色彩の黄にも、透けるような黄にも、鮮やかな黄にも見える石。 こんな不思議な輝石は、今まで見た事もない。 ちらりと顔を上げ、師匠がああそれ、と呟く。 「月光石だよ。何処で手にいれたんだったかねぇ・・・・・それ、気に入ったのかい?」 「・・・・・・・まぁ」 師匠の笑顔が怪しい。すごく怪しい。 これは絶対何か言われるな、と直感しながらも、アタシはその言葉を肯定する。 否定するにはイヤリングに使われている石は、あまりにも魅力的すぎた。 「ならあげるよ。ただし三日以内に“堅”を一時間維持できるようになれたらねv」 「!?」 明らかに無茶ぶっちぎりな発言だというのに、反論する言葉をアタシは出せなかった。 かなりめちゃくちゃでスパルタな師匠だけれども、死ぬ気でやってもできない事は言わない人だと分かっていた。 それに、――――ここで簡単に引き下がるには、その申し出は魅力があった。 改めて、イヤリングを見る。 デザインもいいし、これくらいだったら普段つけていてもきっと気にならない。 問題の条件だけど、今のアタシの“堅”は、せいぜい三十分維持するので精一杯。 三日以内で一時間。 定められた期限は短い。それこそ、死ぬ気でやってなんとかなるかならないかというくらいだろう。 頭の片隅で、無理だと弱気に囁く声がする。 けれど同時に、ハード通り越して生き地獄な修行に慣らされた部分が、やってみなきゃわからないと抗議する。 そうなれば、生来の負けず嫌いとやる気がふつふつと湧き上がってきて。 「師匠。できたら、ホントにこのイヤリング・・・・くれますね?」 「あげるあげる。言ったからにはちゃんと守るさ」 本を読みながら、こっちを見ずに師匠が適当感溢れる様子で頷く。 ・・・・・・・・・・・軽いなぁー・・・・・。 テンションの違いっぷりに、微妙な気分で顔をしかめる。 やる気を削ぐような発言は止めて欲しい。言っても絶対聞き入れてくれないだろうけど。 肩を落としてイヤリングを棚に戻し、アタシは箒と雑巾を持ち直した。 さっさと掃除、終わらせよう。うん。 ■ □ ■ □ 午後には、いつもの場所で堅の修行。 身体の周りを覆うエネルギーが、だんだんと強く深く、密度を高めていくイメージ。 脳内に描いた意識そのままに、体内のオーラが力強いものへと変化する。 はち切れんばかりのそれが身体を熱くし、だんだんと膨れ上がる。 適度に大きくなったら、一気に外へと放出してそのまま留めて。 ザアッ 足元の草が、オーラに揺られて地面と垂直に波打つ。 瞬間、アタシは飛来してきた小石を人差し指と中指だけで受けとめる。 手のひらに収め、飛来してくるもう一つの小石に狙いを定めて弾く。 空中で衝突した小石は、同様に念で強化されている故にこそ、砕け散った。 単純に堅だけの修行なんて、師匠は絶対させてくれない。 堅の時間を延ばすために、時間を割いてくれる事は絶対に無いと断言できる。 さっきはテンションごりっと削ぎ落とされたし、自分でも無茶だとは思う。 それでも。 上等、やってやろうじゃない。 乗せられた気がしないでもないのには、あえて目をつぶって。 固く、決意を新たにした。 TOP |