“ ”と名乗る少女がこの家に住むようになって、早三週間が経つ。 元々武術のたしなみがあったようで、素人よりは格段に動きも飲み込みも良く――――結論から言えば、恐ろしいまでの速度で叩き込む事を片端から吸収していった。 リオがかつて教えた弟子の中には万か億に一人という才能の持ち主もいたが、それとはまた違う手応え。 ぴーぴーぎゃーぎゃーと日々ヘトヘトになりながら、それでも科す修行を順調にこなしていく少女の成長は、例えるなら早送りにした映像のようなものだ。着実に段階を踏んでいる癖に、速度だけはやけに早い。 そこに加えて回復力もかなり高く、前日どんなに過酷な修行を科しても一晩経てばケロッとした顔をしている。 一言で表すならば『異常』。 当の本人はと言えば、自分の異常さを理解している様子も無くのん気に―――― 「ししょぉおおおおおガブボボボがブッ!! 」 のん気に―――― 「わにっワニがーッッ!?!!?!」 ・・・・・・・・・・悲鳴混じりに修行に明け暮れてる。 あんなにもはっきりとした悲鳴を上げる余裕があるとは、いつもの重りに加えて重石抱かせて肉食獣の多い川に叩き込む程度では少々ぬるかったらしい。 川原で優雅にティータイムとしゃれ込みながら、リオは心のノートに、次は更に重石を増やして急流に叩き込む事と書き加えた。言うまでも無く実行予定であるので、一週間中にはそれは現実の脅威としての身に襲い掛かる事だろう。 (まぁ、簡単に死ぬ心配だけはしなくていいのは・・・・・有り難い事かねぇ) 限度を見極めるのは、リオにとっては結構面倒なのだ。 タフである分、ちょっとばかり行き過ぎな修行になる時もあるがそれもありだろうと思っている。 「グボッ・・・・・れてったま、ガボッ ・・・か・・ぁぁああああぁぁぁぁぁああ!!!!!!!!」 派手な水音と共に、ゆうに一メートル以上はあるだろう隆々とした体格のワニが岸へと殴り飛ばされた。 対岸に叩きつけられるようにして地面に落ちるワニを見届ける事無く、必死に泳ぎながらその場を離れようとする弟子を遠目に眺めながらリオは微笑み。 「ピラニアも棲んでるから、怪我一つでも致命的だと思いな☆」 ※ピラニアは少しの血でも敏感に感じ取って群がります。 牛でもあっという間に骨。 「先に言ええぇええええええええ!!!!!!!」 瞬間響いたやや涙混じりの怒声は、すぐに激しく水の跳ねる音へと取って代わる。 この川に棲むワニは集団意識が強いので、仲間を襲った相手に対しての報復にでも出たのだろう。 先程対岸へと叩き出されていたワニの方を見れば、さしたるダメージも感じさせない動きでの方へと進んでいく所だった。極度の防御力の高さは、“装甲ワニ”と呼ばれる所以である。 「しぬしぬっしガボボボボっ!!!」 途中から、悲鳴はまったくもって意味を成さないものへと変化した。 水中にでも引きずり込まれたらしい。 常人だったら確実に死ぬだろうが、リオはまったくもって心配していなかった。 てこずるかも知れないが、これで死なない程度の修行はさせてきたつもりだし――――死んだらそれまでだった、というだけの事だろうと思っている。 それに何より、 「泣き言吐けるんなら、まだまだ大丈夫そうだねぇ・・・・・」 人間、本気で危ない時はその余裕すら無いものだ。 お茶請けのクッキーをつまみながら、の身元に思いを馳せる。 この三週間、リオはただ家事と修行をさせながらのほほんと過ごしていた訳では無い。 国際人民データ機構は勿論、当初の推論に基づいて東方の流れを汲む移民や果ては流星街出身の知人まであたって、徹底した身元調査を行っていたが何の収穫も無く終わった。 言動を見る限り、それなりの教育は受けているようではある。 しかし流暢に共用語を操るくせに文字の方は自国語以外はさっぱり理解しておらず、一般的に広く流布しているような常識を知らない割に妙な事を知っていたりと、本人の知識量の偏りにも疑問点は多々残る。 調査は暗礁に乗り上げ、謎は深まるばかり。 かと言って、直接聞いた所で素直に話はしないだろう。 三週間程度の付き合いではあるが、なかなか義理堅い性格である事は理解している。 にも関わらず、それとなく身元を聞けばそのたびに話を濁すのだ。 つまり身元に関わる話は軽々口にできる内容では無く、今は話すつもりも無いという事。 遣り方次第では口を割るだろうが、好奇心を満たすためだけにそこまでするのはリオとしても本意では無い。 焦る必要も急ぐ必要も無いのだ。ゆったり構えていればいいだろう。 「雑用が逃げても困るしねぇ」 穏やかでいてどこまでも自分本位な呟きは、悲鳴に綺麗さっぱり掻き消えた。 それは日常になりつつある、ある日の修行中の一幕。 TOP 実は色々調べてました。異世界人だから分かるはずが無いのです。 あと、作中の「装甲ワニ」は創作ですので真に受けないでくださいませー。 集団意識が強いとかね、超適当設定だからね!(ニコ! |