「強靱な精神は強靱な肉体に宿るものなんだよ」

「師匠、ソレ何かイマイチ納得いかないんですけど」







本日より修行開始。
どこぞの武道マンガで出てきそうな理屈は、つまりマッチョになれって事なのか。

一面に広がる、芝生に覆われた地面。
森の中にある(師匠曰く、ここいら一帯全部が敷地らしい。広すぎだ)師匠の家から十数分程度の場所。
半径10メートルほどにわたって、木が全く生えて無いので、からりと晴れ渡った空がよく見えた。
時折吹き過ぎる風は、穏やかそのもの。
風に煽られるままに、頬にかかった髪を軽く払う。
今着ているのは、ここに来た時に着ていた服ではなく、クリーム色のズボンに、同色の貫頭衣を腰で縛った簡素な服。
多少大きめなそれは、昔ここにいた弟子が使っていたやつらしい。
それは特に問題ない。
他にアタシの着られる服は無いらしいし、服にこだわりもない。

問題は、別に数日同じ服でもかまわないんですけどと言ったらじゃあボロボロになってもいいのかい?とサラッと告げられたという事実だ。

・・・・・・・骨は拾ってもらえるんだろうか、アタシ。


「――――――さて、つまらない話はここまでとして」

不吉な考えを、師匠の言葉が打ち切る。
にっこり笑って、ちょいちょい、とかかってくる様に促す。

「現在の実力を、正確に知っておきたいからね。殺す気でおいで」

「殺す気でって・・・・・」


ザワリ、



言い切られた言葉に、困惑しながら返そうとした、その瞬間―――――全身が、総毛立った。
背筋に形容しがたい悪寒が走る。
柔和に細められた翠が、とんでもない凶暴性と暴虐を秘めた、獣の如くに感じられた。

こくりと、無意識に喉を鳴らす。
表情を引き締める。
ケンカなら何度も経験しているし、それなりに場数は踏んでいる。
祖母に仕込まれた薙刀の腕も、かなりのものだ。

だけど。

その、叩き込まれ、鍛えられた感覚が。



‘逃げろ’



そう、訴える。
本能的な部分で覚えた恐怖。


「――――――――っ!」


思考を断ち切る。
全身を駆け抜ける警鐘を強引にねじ伏せ、肉薄する。
勢いをプラスして、下段から拳を放つ。
が、それはいとも簡単に避けられ、しかし回り込むような形で腰を落として蹴りを入れる。
ふわ、と視界から小柄な姿が消えた。
意味もなく走った警報に従い身体を沈める。黒い影が其処を通過した。

ありがとう本能。心の中だけで賛辞を贈る。
かなり手加減されてる上にこっちは本気なのに、短時間でKOされたら切なすぎる。

背後に気配。消そうと思えば消せるだろうにそれをしないのは慈悲か。
つーか気配消されてたら捕捉できないかなアタシ。
振り返らずに柔軟性を駆使して低く足払いをかける。
足は空しく空を切った。

ゴッ

鈍い音、目の前で火花が飛んだ。チカチカする。
地面に叩きつけられたのだと認識する前に、視界の端―――――上から靴底が迫るのが見えた。
転がる真横に叩きつけられる足。
音はしなかったが、髪をかすめて地面を軽く抉ったのは気配や感触で分かった。
前転の要領で転がって体勢を整える。
目の前に追撃。考えるより先に身体が動いた。

無駄に良い反射神経に感謝!

後方へ跳躍しながら拳を受けとめる。念は使って無いはずなのに骨がきしむ。
どーゆーパンチだおい。心底戦慄した。
そのまま腕を取り、勢いを殺さず小柄な身体を後ろへ投げ飛ばす。
地面を転がり再度立ち上がって地面を蹴る。
腹の辺りで拳を構える。距離が縮まる。短く鋭い呼気と共に拳を突き出す。











そして。











「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ししょー。いまひとつよーしゃが見えなかったのは気のせいですかー」


ごろりと無気力に寝転がったままで、疲労と痛みと不満とその他諸々の感情を込めて口を尖らせる。
久しぶりだからちょっとハメを外したかねぇとか返されて、何だか空の青さが異様に目にしみた。

宣言通りにズタボロにされたよ畜生。

そんなに酷くはないものの、全身打撲及び傷だらけ。
服も、言われた通りかなり擦り切れて駄目になっている。特に背中辺りとか原型留めて無いし。
ああくそ痛い。

「素地は悪くないようだが・・・そうだね、やはり基礎の部分が問題だろうね」

ふむふむと一人で納得しつつ頷く師匠。
その声に含まれた、妙に楽しげな成分に―――――先程までとはまた違った意味で、ぞわりと背筋が粟立つ。

うっわ、何かすごいイヤな予感する。

確実に、喜々とした表情なのだろう、師匠。
身体を動かしてまで見る気は無い。全身痛いし。
会って間もない割にはその笑顔がやけに鮮明に浮かぶ。

ああそうか強烈だもんなぁこの人。

瞬間的に納得する。
近々生存本能と即効で直結しそうな笑顔に、弟子入りしたのは間違いかもと早くも悔やんだ。
暗澹たる気分でぼけっと空を見上げていると、すぐ傍に重い何かをぶちまけたような音がした。

「今日から、寝る時以外はこれを付けて生活して貰うよv

ぎぎぃっと首をねじ曲げたその先では。
ぢゃり、といかにも重々しげな音を立てる、金属製の手甲及び足甲。
それを持って、汗をかくどころか息一つ乱していない師匠が、にっこり笑っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何キロですか?それ」

たっぷり数十秒の沈黙の後、取り敢えず問うてみれば。

「・・・80キロぐらい、だったと思うけどね?」

小首を傾げて、そんなアバウトな返答を返してくれた。


80キロ。


頭の中でリピートされる数字。
実際は何キロなんだろうかなど考えるまでもない。知らない方が幸せだ。

どうせそれより重いのは確実だし。

さらっと浮かんだ思考。
自分にすら突き落とされた。切ないとか越えて目の前を真っ黒い感情が通り過ぎた。
確か絶望とかそんな名前。初日からそんなモノを感じた自分。生き残れるのかいやもう切実に。

「夕飯までには帰っておいで、でないと抜くと思いなさい」

平然とされた死刑宣告。
現在空は暗くなり始めてます、今からこれ付けて身体痛いのに十数分の道のりを歩けと。




頑張りなvと気休めにもならない台詞を残し、さっさと帰っていく師匠。
その気配を感じながら、目から流れる大量の水分には気付かないふりをした。





・・・・・・・・・・・・・・・生き残れるのかな、自分。





再度感じたその疑問は、先程よりも虚しさを増して心に響いた。
カムバック常識。






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初日からこんな苦労。普通逃げますリオさん。