ふるいふるい物語をしよう。
それはまだ、人間が“ふしぎなもの”と共存できていた頃の話。
名も無い一人の魔法使いが、神を従えようとした事があった。



しゃらん、



幾つものかんざしが、こすれあって音色を奏でる。
そのつもりならかんざしの有無に関わらず、無音で歩く事は容易い。
それをしないのは純粋に、その音色が気に入っているからだ。
だからは、わざわざ一歩一歩踏みしめるように歩く。

「お待ち下さい!どうかお待ちを黒の姫神子様・・・・・ッ!」

「いくら黒の姫神子様とはいえど、ここは白の姫神子様の御座所にございます!
 あまりに不躾でございませんか!どうぞお戻りを!!」

追いすがるように、この“白の宮”に仕える“御森”の女達が喚きたてる。
かんざしとはまるで違うキンキン声は、不快感しか呼び起こさない。
は女達を無視して、6歳にしてはませた仕草でため息をつく。
もっと大人しくするよう躾ければいいのに、とは声に出さない半身への思いだ。



しゃらん、



魔法使いには才能があった。
運にも恵まれたのだろう―――魔法使いは、“神と呼べる存在”の召喚に成功した。
ここまでは魔法使いの意図した通りに事が運んだ。
さて、賢明にして優秀なる諸氏に問おう。
“神と呼べる存在”を“魔法使い”が従えられたか否か。
―――“人形師”を“人形”が従えうるか否か!



しゃらん、



「お止まりください!此度のお渡りは宗主様のご意向と定めに反します!」

「だれか!だれか警護の者を!!」

「“鬼堂”の者は何処?!“黒の宮”の側仕えは何をしているの!」

畏れゆえに決して触れてはこない。けれど集団ヒステリーな声に、自然と眉根が寄った。
ただ『もうひとり』に会いに来ただけだというのに、騒ぐにも限度があるだろう。
自分の住まう“黒の宮”と対になる造りの“白の宮”の廊下をてほてほ歩きながら、は口に出さないながらもこの姦しい連中をどう黙らせるべきかと考える。
一族の中では宗家に近い立ち位置なだけあって、御森の者には生半可な術は通じない。
かと言って、流血沙汰は『もうひとり』の近くでは避けたい。悩みどころだ。

「むぅ。すず、どうすればいいだろう?」

「はい。生かしたままに沈黙を強いるには、恐れながら姫様のご経験が及びません。
 かといって私どもの力を振おうにも、この白の領域ではあまりに無力。
 ここは一時のご不快と耐え、白き御方にまみえるが良策かと存じます」

「うー・・・・・・そうかぁ」

産まれた時からの付き合いである忠実な従者の言葉に、は少しだけ肩を落とした。
瞬間、感じた強い引力に顔を上げる。



しゃらん、



そう、“否”だ。
どれほど優秀であろうと創り手を創作物が従えられるはずも無い。
創作物は創り手の弟子でも、ましてや子でも無いのだから。
“神と呼べる存在”はその無礼に怒りはしなかった。ただ、創作物の不出来に断じた。

“駄作”、と。

加速的に滅びの道を辿り始めた世界に、焦ったのは同じ世界に住む創作物達だった。
与えられた破滅に楔を。いずれ来る終わりであっても、せめてもの猶予を。
一人の魔法使いが総ての同胞の願いを引き受け、我が身と血族全てを代価に祈りを届けた。



しゃらん、



「わずらわしいのぅ、おぬしらは」

その一言に、さんざ喚いていた“御森”の女達の声が止む。
対となるべき姫神子二人が揃った瞬間、場の空気がシィンと冷え切った。

「白の姫神子様・・・・・・・・ッ!」

誰かが悲鳴じみた声を上げる。肌を刺し貫いて縫いとめる苦痛が神経を暴れまわり、脳を法悦が支配して思考が飽和する。全身から汗が噴き出し軋む空気を肺が拒絶し漏らした息さえ甘露に変じた。
その持つ力も気配も、欠片とて抑える事をしない姫神子達の対面。
その場にいた者達の大半は空気に耐えきれず失神し、わずかな者達のみが崩れるように額ずいた。



しゃら、



“神”はその祈りを拾い上げ、魔法使いの幼子等の器に“楔”の力を与えた。
一人には“黒”の力。滅びにして安寧にして崩壊にして眠りにして苦痛にして終わりを。
一人には“白”の力。再生にして苦悩にして癒しにして誕生にして歓喜にして初まりを。

“神”の眷属と成った“楔”の幼子。
世界はその力により、いつ終わるとも知れぬ猶予を得るに至った。



しゃらん、



それらを冷めた温度の視線でひとなでする半身に、はのんきに片手を挙げる。

「ひさしぶり、『もうひとりのぼく』!」

「ひさかたよの、『もうひとりのわらわ』。うまれたときいらいゆえ、6ねんぶりか」

“黒”と“白”の姫神子は、宗家の許可無く自宮から出ることは許されていない。
それは絶大な力を持つ彼女らを野放しにする事、“双禊一族”から出奔される事を恐れた宗主家による取り決めだった。歴代の姫神子達も宗主家にはともかく、宗主に対してはあるかなしかの敬意を払っていたため、こうも分かりやすく掟が破られた事は無かった。

――――これまでは。

「ようけんはわかっておる。わらわのことゆえ、な」

「うん。かたしろはのこしてくから、“くさび”のもんだいはないでしょ?」

こてり、と可愛らしく首を傾ける
その言葉を「ないのぉ」とあっさり肯定し、「だが、」と白の姫神子は唇を尖らせる。

「ぶただぬきのあいてをさせられるわらわは、どうかんがえてもビンボーくじじゃの」

「“そうしゅ”をぶただぬきなんてダメだよ『もうひとりのぼく』。
 ぶたさんとたぬきさんがかわいそうだよー」

「おぅ、それもそうじゃの!」

ぱちりと手を打ち、ころころと二人して笑い合う。
周囲の情景とは落差の激しい、ひどく和やかな会話だった。



しゃらん、



偽りの安定。
“楔”ゆえに得た安寧。

人間が“ふしぎなもの”と、袂を別つよりはるかに昔の出来事。



しゃらん、



「おみやげはいっぱいもってくるから、おるすばんおねがいね?」

「ふむ、まぁよかろうよ。はめをはずしすぎるでないぞ」

「はぁーい」

言葉と同時に虚無が渦巻く。
パキパキと空間が悲鳴を上げて闇に失せ消える。
二人以外、誰一人として微動だにする者はいなかった。

「すずぅ、いくよー?」

「・・・・・ッ!御意に!!」

見る者に恐怖以外のなにものをも抱かせない虚ろへ歩き出すに、呼び声に弾かれたように、『すず』と呼ばれた女が顔を上げて影のように付き従った。虚ろに手をかけ、直前で半身に向かって笑って。



しゃらん、



今も続く



しゃらん、



「いってきます、『もうひとりのぼく』!」

「たのしんでまいれ、『もうひとりのわらわ』」


虚ろの向こうへ消え失せた。



しゃらり、




――――ふるいふるい、物語である。







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