■ 悪魔と私。−十字架に怯えれば、まだ可愛気もあるけどね!−



神は言う。
汝の隣人を愛せと。


「無理難題とはまさにこの事かな…っ!」

ギシギシと骨の軋む音が聞こえた気がした。腕が折れたら嫌だからできれば一息入れたいが、この状況でそんな事をしたら頭を尋常でない痛み(それこそ軽く血が噴き出すぐらいの、ね!)に見舞われるという悲劇が起こるのは火を見るより明らかだった。畜生と口の中で毒づく。心なしか血の味がした。

「識、幻聴でも聞こえた?」

鼓膜を、甘く涼やかなテナールが震わせる。
声の主の正体さえ知らなければ、状況など関係なく確実に聞き惚れる美声。
だがありがたい事に、私はこの声の主である青年のことをよーっっっく!知っていた(長い付き合いだからね不本意にも!!)ので、そんな愚行を犯しはしない。ありがたい話だ。(これでうっかり聞き惚れてしまった日には、自分を刺し殺したい衝動と戦わなければならない。)
そちらを見ないでも、その整いすぎるくらい整った―――人間離れした天使のかんばせに、見る者を蕩かす微笑みが浮かんでいる事も分かる。屈み込んで足と両腕に力を込め、(かみさま、わたしにちからを!)渾身の力を込めて。

「聞こえてたらアンタが消え失せるってンならッ―――そーゆーコトにしとくけど、ねッ!!」

吐き捨てて投げた巨大な鉄球は、ずぉっん、と重い音をたてて我が家の床にめり込んだ。
修理代が懐にイタイ。まだ養育される身なのになぁ、と思わず遠い目になった。
やっと重圧から解放された両手をぶらつかせながら、「何だ、もう終わり?」などとヌかす青年(なのは見た目だけだ、実年齢は100を軽く超えて余りある。)の姿をした魔界の上級悪魔をじろりと睨む。

「イー、それちゃんと消しといてよ」

「気が向いたらね」

突き刺す視線は、滑らかな真白の鉄面皮を微動だにさせる効果も無い。まぁリビングにこんな鉄球(大きさはデカいが、重さは私が持てるギリギリの重量だ。嫌がらせのためだけのシロモノである―――私専用の。)があるのはこいつにとっても邪魔なはずなので、明日には撤去されているだろう。


神は言う。 隣人を愛しなさい。そして隣人に愛されなさいと。

コレ相手にはぜってー無理です、主よ。

心底そう思う見習い魔術師は、今日も今日とて悪魔に対する神罰を乞う。
神様が自ら動く事が無いのも、祈りが届かないのも十分承知してても祈らずにいられない事はあるので。




※設定メモ
・若き日の過ちで召喚した魔界72柱の悪魔の一人と共同生活を営むハメになってる女子高校生の話。
・悪魔憑きのせいかよくトラブルに巻きこまれそして何だかんだで生き延びる(解決する訳では無い/←重要)
・イー=イポス。悪霊36個軍団を統率する伯爵であり王子。「愚者の貴公子」とも呼ばれる。
・双方共に互いが嫌いで罵詈雑言絶えないが術のせいで殺せないし送還できない。
・そんな二人がトラブルに遭遇する日常を描いたハートフルボッコストーリー。を夢想。





 ■ 愛の形−これがぼくらの、−



ゆるやかに少女は淡い桜色の唇を吊り上げる。
楽しげというよりは皮肉に、優しさよりは冷酷なまでに残酷で、嘲笑を含んで刺々しく口の端を静かに笑みで彩られる表情はおぞましいまでによく似合っていた。人間である事が信じられない程に毒々しく美しい表情。
其処にかつての儚いまでの不安定さは無い。研ぎ澄まされて己を傷つけていた危うさは無い。ふとした拍子に崩れ去るような脆さすらも。既に揺らぎを捨てた少女は人間であって人間では無かった。
迷いも畏れも悲しみも怒りも無い凪。あるのは艶の無い闇。
凍える刃を仕込んだ視線が、男をやさしく射抜く。

「ころしてあげる」

歌うように、唄うように、謡うように。
呪詛と呼ぶには甘やかに睦言と呼ぶには清らかに澄み切った純粋さで少女は囁く。
視線も笑みも声も態度も一貫することは無い矛盾を孕んで破綻することなく彼女は美しい。
その事実に感動すら覚えた。愛しさを覚えた。誇らしささえ感じた。だって彼女をそうしたのは自分なのだから。
何処までも美しい玻璃の芸術を突き崩して叩き壊して踏み躙って造り上げた狂気。
突きつけられた拳銃を引き寄せ、その銃口に恭しく口づける。


「ああ、殺してくれ」


囁く詞は、救いようもなく甘かった。





※設定メモ
・少女にとっては男を殺すことだけが生きる意味。男を殺せば存在意義を失う。
・男にとっては己が壊した少女に殺されることが最高の愛。
・テーマは矛盾。要するに男がSでMの極地にいる。これはひどい。
・壊れて歪んだ醜悪な愛情が書きたかったが挫折した一例である。




 ■ とある主従−異世界少女とお姫様−



月が欲しいと口にする子供は、世界にどれだけいただろう。
月が欲しいと口にする子供は、世界にどれだけいるだろう。
月が欲しいと口にする子供は、それが不可能だといつ理解するのだろう。


でも、ね。

「知っていますか、私の小さなお姫様?  諦めなければ、人間は月すらその手にできるんですよ」

大きなエメラルド色の瞳から零れる、大粒の涙。
気高さ故に声を立てず、それでも失ったあの人を想って啼く姿は同性の私が見惚れてしまうくらいに美しい。
宝石の眼差しに、できる限りの慈愛を込めて微笑んでみせる。

「私の小さなお姫様。家族より友人より故郷より世界より、私は貴方が大切です」

声も無く目を見開いてみせる、そんな仕草すら可愛らしくて、ああもう、真剣な所なのにどうしようもなくにやけてしまう自分を盛大に殴りたくてたまらない。言っておくけど私にロリコン趣味は無いし同性愛な百合趣味も無い。
母性愛だ母性愛。うん、・・・・・・・たぶん?
正直、この少女と出会った時の自分が今の私を見たら何があったと襟首つかんで問い詰める事間違いなしだろう。
私も自分の心境変化に驚いてたりする。でも、後悔は無いのでそこんとこヨロシク。

「…それ、……は。まこと、か?」

凛とした、それでも震えた縋るような声。
普段は威風堂々とあるこの子にとっての私が、それだけ大事なのだと理解できて嬉しさが募る。

「そなた、は、故郷へ…………………かえる、の、では………ないのか?」

最初はそのつもりだった。
異世界に浮かれたのなんて、ほんの数分だけの事。
こちら側の現実を知れば、それだけ私の世界に対する未練が増えて泣き喚くばかり。
文化も風習も言語も違うこの世界。生き辛い、だなんて身体で承知済みだ。
だけど、それがどうしたと言いきれる私はきっと頭がおかしくなったんだろうと思うのだ。

「帰りません。迎えが来ても、両親が戻ってきてと泣き崩れても、友達にどれだけ心配されていようと、この世界にとって邪魔な存在なんだとしても。  私は、貴方と一緒にいると決めました」

迷惑ばっかりかけてしまったあのひとが、最後に私を頼ってくれて。
このちいさな気高いお姫様が、私を欲してくれて。

それでも心動かされない、なんて有り得なかった。

この先、私はこの選択を後悔する日が来るかも知れない。
小さな私のお姫様が、私をいらないと捨てる日が来るかも知れない。
それでも別に良い。だって、本気でこの子のために命も人生もまるまる投げ打っていいと思えるんだから。
ねぇ、そんな相手に会えるだなんて、私ってすごく幸運じゃない?

「竜胆 紬の名と、魂と、エレメラの神と、ついでに私の世界の神々に誓って。
 小さな私のお姫様へ、私の人生と命と、心をお預け致します」

膝をついて、あの人がしていたようにドレスの裾へと口付ける。
くっさい台詞、だなんて毒づいてた頃の自分よ。心情的にはこの程度の単語じゃあ足りんくらいだ馬鹿者め!
長い長い、沈黙が落ちる。そっと顔を上げてみれば、小さなお姫様はゆるりと顔を両手で覆った。

「……………ゆるす……………」

絞り出すような一言。
ああもう、なんでいちいち可愛いんだろうなこの子は!
燃えさかる炎の色をした頭を引き寄せて背中を撫でれば、素直に身体を寄せてくれる。
信頼されている。その事実があれば、それでいい。
やさしくやさしく小さなお姫様をあやしながら、私はそっと囁いた。

「ルフズの地までだってお伴します。  ―――― 一緒に、月を手に入れに行きましょう?」

状況は崖っぷち、死亡フラグは成立寸前。
これで残る選択をしてみせた私は、どう考えてもいかれてる。

それでも、この小さなお姫様が築く先を見たいから。



さぁ、未来を手に入れに行こうじゃないか。




※設定メモ
・「ルフズの地」=あの世。
・「エレメラの神」=この世界での最高神。神聖な契約時の常套句。
・ロリ姫にガチ忠誠誓ったトリッパー少女による命をかけた成り上がり内政ファンタジー軍政もあるよ。