■ 虜囚−憎しみでもいい。君の心が手に入るのなら−




しんでしまえ。



女が吐き出す呪詛の言葉は純粋だった。純粋な憎悪。敵意も殺意も嫉妬も怒りも含まない、それでいて憎しみだけで構成された言葉。本来ならそれだけで成り立つ筈も無い憎悪はけれど矛盾しながら歪に純化されて其処に感情として成り立っている。彼女という存在を剥き出しにして。冷酷に酷薄に涙ひとつ流さず喚かず無表情に。
唯その瞳が一色に塗りつぶされた感情だけを湛えてふかいふかい琥珀に耀く。


「おまえなんかしんでしまえ」



静謐に。


吐き捨てるように。


唯ただそれだけを願う憎悪。自分をまるで汚らわしい何かであるように視界に入れる事すら厭う少女は酷く美しかった。気高かった。土にまみれ泥を這いずってでも汚し得ぬ強さがあった。
それは見る者に征服欲を覚えさせるには充分な。
心から屈服させ、隷従させたいと思わずにはいられない程に。

「……冷たいなぁ、は」

名を呼ぶ。それだけで無表情が憎悪に微かに歪む。名を呼んだという、その行為への不快が混じる!
背筋を駆け抜けた快感に笑みが深まる。拘束する両手首は、華奢とは云えないがひどく細く。
このまま折ってしまえばどんな表情をするだろうか、どんな声で鳴くだろう、どんな言葉で詰るのだろう貶めるだろう罵倒するだろう!考えるだけで心が弾んだ。空いた片手で、色素の薄い唇をなぞって。
身動き一つせず、それでも全身で拒絶を示す彼女の耳元へ唇を近づけて。


「逃がさへんで?」


本当に囚われているのは自身なのだと、彼は未だ気付かない侭。




※ひとくちメモ
・ヘイゼル→さん。うっかり建設したフラグにさん全力で舌打ちである。
・肉体的には脆弱な女子高校生なので、悟空辺りに乱入希望。
・ちなみにお子様の扱いが上手い+やや対応が甘いので敵味方問わずで懐かれ通し。




 ■ 疑わぬ事−己の正しさ。己の礼儀。己の正気。−



白いラインの入った、紺のスカート。
夏仕様の生地のワイシャツの上から羽織るのは、同じく紺のブレザー。
翼を持った卵を模した校章の上には、高校の最初の文字である「清」が青色で刻まれていて。
男女ともに同色の、結ぶネクタイの色は漆黒。
靴下は黒のニーハイで、靴はローハーシューズが正式なものだが今は白い運動靴である辺りは少しだけ残念。

ほら、やっぱり交渉ごとっていったら正装。そして学生の正装は制服。

この国の服なんて、正直着たくないってのが本音の部分なんだけどそこは置いておくとしよう。
とにかくも、それを補って余りあるよう、浮かべる笑みは極力好意的に。敵意も害意も脅しも含んでませんとも。
だって実力的に不可能だしね?できる限りの友好を込めて、いざって時の為に逃げ道確保は重要事項。
まぁ皆さんみたく鑑賞に堪えうる美形じゃないのは申し訳ないんだけども、その辺りはご愛敬。

「結構つけ込み甲斐がありますねぇ……皆さん」

視線の嵐はオールスルー。
そんなに見つめられても経文は返せないんですよね玄奘三蔵法師様。
苦情は吠哮城までどうぞってか。

「うふふぅ。ちゃぁん、このコたちもらちゃって、ホントにイイのかしらぁ?」

「お好きにどうぞ。ああでも、凶暴なので扱いには気をつけてくださいね、雲羅様」

「だぁいじょーおぶよぉ。せっかくの御馳走ですものぉ」

うふふあははと貢ぎ物(と書いて三蔵一行と読む)の前でバックに花を飛ばしつつ微笑み会う。
うんまぁ三蔵一行の末路はぶっちゃけかなりどうでもいい。
私が原因だけども、今後生かしておいた時に私の身柄の危険度が鰻登りする事を考えれば始末しておきたい所。
雲羅様に差し出せば賄賂になってついでに私が手を下さずに済みますよ?まぁナイスアイディア。

「それでは雲羅様、お礼の件はまた後日……」

「お茶用意して待ってるわねぇ」

ふんわりとした微笑みに、深々と腰を折ってみせて。



考えるのは三蔵一行が逃げ出すとしたら、ついででこの女が始末されるのはいつ頃かな、なんてそんな事。




※ひとくちメモ
・外道開花さん。そろそろ擦り切れ具合が著しい。




 ■ 死期/産声−何の因果でこの展開?−




終わりは必然だったのだろう。


てらてらと妖しく輝く血をまとわりつかせた鋼が、自分の腹から生えている光景はシュールだと思う。
痛いと言うよりは焼け付く、とでも表現したい感覚が腹から全身に廻って、力を失った手足がだらりと垂れ下がる頃にはそれだけが総てを支配していた。
熱い。あついあついあつい! 呻くように痙攣した唇からごふり、と生暖かい液体が吐き出される。
血だと認識するには思考は麻痺しすぎており、同時に冷静すぎる程に冷静だった。
周囲の風景がゆがむ。誰かの叫び声も聞こえた気がした。末期を迎えようとする私を誰かの腕が抱き上げる。
必死になって怒鳴る男の顔をひどく淡泊に見上げた。
何故か泣きそうな顔をしている。急速に衰えていく五感。周囲で起こっている喧噪はただ、遠い。
理解できるのはわずかな事柄だけだった。私を助けようと無駄なあがきをしている事や、自分が死ぬのだという事。

もう還れない。

しょせん、異邦人があがいてもどうしようも無かったのだ。


妖怪と人間が共存する桃源郷。
懐の広い無慈悲な世界は、結局私の“死"によって私という異端を叩き出す。
戻るために、還るために様々な事をした。術や気について学び、言葉を学び、あらゆる書物を漁り、玉面公主にも取り入った。命令で人を殺しもした、多くの者達を陥れた、たくさんたくさん足掻いてきた。
それも無駄に終わって、産まれた世界に還る事は無く、最後まで痛みしかもたらさなかった世界で死ぬ。

バットエンドがお似合いか。

自嘲混じりに呟いた。暗闇の底へ墜ちた。
最後に届いた慟哭だけが、わずかに心を慰めた。



 ■   □   ■   □



「………?」

いつまでも消えない意識。まぶたごしに焼くような光を感じた。
全身にまとわりつくような倦怠感も、血が失われる感覚も腹を貫かれた灼熱も総て感じないのが不思議だった。
私を抱き上げていた、誰かの腕の感覚も無い。
ぱちりと目を開けば、黒さびた鉄と青く晴れやかな空が見えた。
陽光のまぶしさに、私は思わず手をかざし、

「………え?」

がばりと跳ね起きる。
手が小さい。ぷにぷにした幼児特有の手は、慣れ親しんだそれとは全く違っている。
扱いづらい全身をくまなく見渡せば、明らかにサイズダウンしていた。それも5歳児並にまで。

どうなってるんだろう、これ。

ぴかぴか光る鉄の表面を鏡代わりに、そっと自分の姿を映し込んでみればそこには、慣れ親しんだ自分の面影を色濃く残した、写真でしか拝みようもない――――ご幼少のみぎりの自分が確かに存在していた。

頭の回転は早いほうだ。

ついでに理解力も高い。

感情面での適応能力は低いが、現実への対処はお手のもの。



「さいっあく………………」



一言呻いて、私はがっくり崩れ落ちる。
死んで楽になれたのかと思ったが、どうやら奇妙な形で私は生かされたらしい。
と言うか此処は一体何処だ。


そして私は、新たな世界に産声を上げる。
あの死すら予定調和の内だったのかと、私は呆然とするしかなかった。




※ひとくちメモ
・最後で呼びかけていたのは雀呂さんを想定。思いもかけぬ展開に両陣営原作主要キャラ全員硬直である。
・そしてH×H編に続くわけです。この迷宮は!こんなもんじゃあ終わらないぜ!!




 ■ 喪う−もういない、もう−



「お邪魔になるような真似はしません。どうぞ、宜しくお願いします」

そう言って微笑み、頭を下げてきた人間の小娘に興味はさして湧かなかった。
ただ、徹底的に礼儀と分をわきまえた態度が不快を感じさせなかったのも確かだった。


邪魔にはならないという宣言を、あの小娘は確かに守った。


決して弱音を吐かず、出過ぎず、驕る事も誇る事も、感情的になる事も無く。
徹底して守られた距離も、礼をわきまえた態度も崩れる事は無く。

何処までも冷静だった。

何処までも静かだった。

何処までも淡泊だった。

肉体的には、はるかに劣る小娘だった。
だが、その張り巡らす策略は、罠は、観察眼は、冷徹な頭脳は。



認めてやってもいい、と思わせるには充分だった。



いつの事だったろうか。
何故妖怪に味方するのかと、聞いたのは。


「家に、帰りたい―――――――………それだけです」


くだらないな、と俺様は言った。
そうですね、と小娘は微笑んだ。


「でも、」


微笑みながら。


「もし、それで帰る事ができるのであれば」



危うい、琥珀の瞳を細めて。




「私は、神も殺してみせます」



なぁ、小娘。


貴様は、確かにあの時そう言ったな。

家に帰るのだと。

その為に、貴様は平穏に背を向けたのでは無かったのか。
その為に、危険を冒し続けたのでは無かったのか。
その為に、同族を裏切り続けてきたのでは無かったのか。
その為に、その両の手を血で染めたのでは無かったのか。


それだけの為に、総てを捨てたのでは無かったのか。


………なぁ、小娘。


貴様はこんなにも細かったか(貴様も女だったか、そう言えば)

貴様はこんなにも小さかったか(そうだ、後ろを振り返った事など無かったな)

貴様はこんなにも無防備だったか(張り詰めた糸のようだったのに)

貴様はこんなにも頼りなかったか(そんなはずは無いだろう。そんなはずが、無いだろう?)




「雀呂さん」




血の気を失った唇は、もうあの静かな声で俺様を呼ぶ事は無い。

















(何故こんなにも空虚な気分になるんだ)

(俺様を見ろ。貴様なら答えを知っているんだろう?)





※ひとくちメモ
さん死後ネタ。雀呂→さん風味だけども恋じゃない。あったはずのものが無い喪失感。
・実働組でおそらく一番組んだ人。人間だからあくまで妖怪立てて腰は低く。程良く扱いやすかったと思われ。
・「願いの為なら、何をしてもいいの?」ってブレイブストーリーであった気がしますが。
・犠牲を取るか願いを取るか。答えの出ないテーマですが、さんは犠牲払ってでも願い優先する事を決めた人。
・王子様は正直ね、うん……優しいがゆえにハンパだと思うの。だから相容れないんだろうが。




 ■ 邂逅−先は、未だ見えず。−     ( マフィアパラレル )



「下らないパーティー……」

小さく吐き捨て、は薄いカクテルグラスに唇で触れる。
既に壁の花状態となって久しい彼女の眼前に拡がるのは、贅を尽くした華やかで盛大な会場の光景だ。
煌々と照らすでは無く適度に絞られて濃い影と闇を生み出す照明、笑いさざめく着飾った人々、随所に飾られた大量の花々―――かかる費用だけでも、庶民にとっては目玉が飛び出るような額になるだろう。
元々が庶民階級出身である彼女にしてみれば、無駄遣いも甚だしい事をする主催者の正常さが神経が少々疑わしい。美しい会場。しかし参加者は皆、裏社会の重鎮ばかりだ。

「不景気な顔だねぇ。もっと全面に出てきたら?」

「鳥哭―――」

無表情の彼女とは逆に、何処か楽しげな表情で男が勧める。
先代の頃のチェザレ・ファミリーでは門外顧問を務め、今では20代目チェザレのドン―――の、尤も信用できない……しかし非常に有力な側近。常に飄々とした謎の多い存在であり、下手をすれば裏切りかねない為に、お互いにとって愉しい関係は今でも続いている。

「こんな馬鹿馬鹿しいパーティーに出席する程の暇、無かったと思うんだけど」

彼女の支配するチェザレ・ファミリーは、イギリスでもっとも古い歴史を持つマフィアだ。
規模は中程度だが、その歴史の長さ故に影響力はかなり高い。
それは即ち仇なす者や取り入ろうとする者、取り込もうとする者に事欠かないという事でもある。
特に、本来遠縁である筈のがチェザレを継いで―――先代に脅されて、半ば強制的に他の候補者を蹴落とす羽目になったのだが―――それ以降、その動きは表面化している。
初の女ボス、というのもその一因だろう。

17歳でチェザレを継いで早5年。
チェザレ内部の人間は彼女をドンと認めているが、未だに他ファミリーとのいざこざは絶えない状況にある。

「偶には気張らしも必要でしょー。第一、チャンてば襲名式以降のパーティー、全部断るか名代送るだけじゃん」

「面倒。おアイソ振りまくのってタルいし」

血生臭い仕事の方がよっぽどマシだ、と若きチェザレのドンは断言した。
普通は逆なのだろうが、彼女としては真剣だ。外交も仕事の一つと理解しているし不得手な訳でもなかったが、底意の見え透いた程度の低いおべっかばかり聞いていれば嫌気もさす。だからこそチェザレの特権をフル活用して、うざったいパーティーやら何やらは断り、もしくは名代に手空きの部下を送っているのである。
力と打算に目が眩んだ、しかも明らかに乗っ取りを画策している求婚者共の顔など見たくもない。

「……ったく、何でよりによって二大香主ジャンチュの同盟披露パーティーの招待状が来てたんだか……」

香主ジャンチュ
本来ならばそれは、中国系マフィア界の“支配者の後継”を意味する言葉だ。しかし現在では二つの勢力―――牛魔党と世音党の首領の力が拮抗している為に、その首領たる二人が香主ジャンチュと呼ばれている。

「チェザレの支配地からは遠いけど、影響力はあるからねー」

「それは言わない」

嫌な事を再認識させられてしまった、とでも言いたげに僅かに顔をしかめて嘆息する。
空になったカクテルグラスを通りかかったウエイターに渡し、壁際から離れて。

「ま、主催者に挨拶だけはしとかないと……」

「おみやげも買ってかないとねー」

「当然」



 ■   □   ■   □



深海の如き、深い紺碧のスレンダードレスを纏った女は、何処かあどけない少女のようでもあり。
―――しかしその柔らかな微笑みは、確かに大人らしい落ち着きと、子供にあり得ぬ色艶を含んでいた。

「初めまして、牛魔党のドン。招きに預かりまして光栄ですわ」

軽くドレスの端を摘み上げ、一礼してみせる姿はまるで流れるように完璧だった。
さらりと揺れる黒髪は、照明の絞られた空間の中ではその輪郭も曖昧になり、何処までが闇なのか判別がつかず。
唇に刷かれた紅がやけに色づいて鮮やかに映えた。

「貴女は……」

「チェザレ20代目ドン、と申します」

話には聞いていた。
チェザレの20代目が、己より年下の女性であると云う事は。
正式な跡継ぎを消し、ドンになってからは敵対するファミリーをことごとく叩き潰し、隷属させてはチェザレの支配域を広げ続ける、歴代の内でも尤も指折りに危険な実力者である事も。


しかし。


「――――――………」

無言のままの紅孩児に、僅かに小首を傾げてみせる姿は無邪気でもあり。

けれど、不思議と艶麗でもあって。

「……あの、何か?」



心臓が、どくりと跳ねた。




※ひとくちメモ
・パラレルしたら何故かinしたラブ要素。あったかも知れない展開という事で一つ。
・でも地理的距離がフラグ育成の邪魔をする(笑)前途多難がデフォですよ!