■ 異常事態−これで動じる程、可愛い性格じゃ無いけれど− 薄暗い闇。 響く異音。 さて、まったくもって心当たりは存在しない訳だけども。 「突然ご無礼しました。申し訳ありませんけど、ここは何処なんでしょうか?」 とりあえず礼儀を守ってお辞儀してみせ、片手に持っていたはずの本が消えている事に気付いた。 頭を下げるついでに足元を見れば、記憶にある通り校舎内用のスリッパのままだった。 意識も連続している――――が、それは何処まで信用していいものか。 これが白昼夢であれば一番平和的でいいんだけど。 判断材料の少なさにとりあえず結論を保留して、視線だけをざっと走らせ、白闇に沈む室内を観察する。 体育館並に広い部屋。 その大半を占拠するのは大小の差こそあれ、無造作に床をのたうつ何十本ものチューブとパイプ。工事現場にでも響いていそうな耳障りな音を響かせるそれらは、金網で区切られた向こう、巨大な人型の何かへと接続されていた。 面倒事の臭いしかしない。なんたる事。 ……………まぁ異常事態なんてもの、前触れ無く起こるのが通例か。 そして先客であり、おそらくこの空間の住人だろう人物は三人。 悠然と椅子に腰掛けた妖艶な女性。 白衣を着た、何故か小脇にウサギのぬいぐるみを抱えた男。 そして最後に、褐色の肌に赤茶の髪の青年。 一番気になる点は、白衣の男以外の耳が、人間ではありえないファンタジックな尖り方をしている事か。 長くて尖った耳と言えばエルフの象徴だけど、そうだと仮定しても一般認識のエルフと実際のエルフがイコールである保障はない。今のところエルフ(仮定)は唖然とした表情でこちらを見ているだけだが、正気付いてからどう対処してくるものか。白衣の男は、驚愕より興味と好奇心の割合が高い目でこちらを凝視している。 こちらが観察しているのも当然理解しているだろう。 ――――要注意かな、この人。 だが何も言ってこないところを見ると、おそらく決定権を持っているのはエルフ(仮定)のどちらか。 先客の服装、室内の状況を勘案するだに、女性が中心人物と見ていいだろう。 ………私が不審人物なのは確かだし、動揺から醒める前に、少しでも好印象を擦り込んでおくべきか。 判断を下してにっこり人好きのする微笑みを意識して浮かべ、再度、問いを発してみた。 「私にとっても予想だにしない出来事ですので、お答えいただければ有り難いのですが。 ――――ここはいったい、何処なんでしょうか?」 ※ひとくちメモ ・実は静かに焦っていたりするさん。でも余裕は崩さないよ!(防衛本能的に) ・命掛けの自分売り込みセールストークまでカウントダウン。 ■ 傍観−手出ししてもねぇ?力じゃ勝てないし。− 「見つけたぞ、三蔵一行!」 この台詞、パターンだったりするんだろうか? 風に煽られ、顔に遠慮無くかかる髪を押さえながら、心の中でそんな事を呟いた。 見渡す限りのだだっ広い荒野。 乾いた風が容赦なく吹きすさび、砂を舞い上げている。 不毛の大地―――― そんな言葉が似合いそうだ。 しかしまるっきり命の気配が無い訳でもなく、所々に生えた雑草が、貧相な芽で彩りを添えていた。 見物にはおあつらえ向きに存在する、切り立った崖へと腰を据える。 座り心地は当然悪い。座布団かクッションがあれば快適だろうけど、さすがにそんな備えはしていないので我慢。 隠遁するには不向きではあるが、元々姿を隠す気は無い。わざわざ掃討するほど勤勉でないという前情報くらいは入手済みだ。ぶらぶらと崖下へ足を投げ出し、眼下に広がる光景を観察する。 対峙するのは二つの陣営。 片方は大群ご一行様。 全員妖怪、しかも一応まぁ仮にとは言え仲間という分類に入るらしい方々。 かなり殺気立っており、戦法も戦術も何の打ち合わせもなく人数で押す気でいる辺りは大変に見苦しい。 片方はこの世界では珍しいらしい、ジープに乗ったご一行。 総勢四人という少なさだが、殺気を真っ向から受けとめ、更に圧倒的人数差にも平然としている。 一昔前の西部劇にでもありそうな光景だ。 …………問題は、こちら側が確実に役割:敵役を振られてる辺り? 「あ、始まった」 ヤクザの殴り込みみたいな威勢のいい叫びと共に、殺し合いが派手に始まる。 雪崩をうつように襲い掛かる妖怪陣営。それを余裕の笑みすら浮かべて殴り、蹴り、斬り、撃っていなす三蔵一行。 もはやファンタジー映画並に現実感の無い大迫力光景に、大概物騒な世界だなぁと他人事のように呟いた。 三蔵一行の一人、確か八戒という名前の――――西遊記に出てくる豚妖怪にはどう足掻いても見えない好青年が、某龍玉漫画の必殺技めいたモノ(ニィ博士曰くの気孔砲)を放つ。 あーあ、まとめて一気に逝っちゃった。 盛大な爆音と共にドミノ倒しの駒よろしく薙ぎ払われて、十数人程が息絶える。 人数では圧倒的に勝っているのに、押されているどころか、かなり不利な状況の(一応)仲間達。 話には聞いていたが、まさかここまで強いとは。 「―――の、割に攻撃方法がワンパターンすぎる気もするんだけどね……」 何度と無く繰り返しているらしい、【三蔵一行】への襲撃。小人数を大人数で襲撃する。 数の論理、弱者の必勝法ではあるが、単騎の戦闘能力が馬鹿みたいに高いこの世界ではどうやら孫子も形無しらしい。しかし繰り返してきたんだから、人数で押してもどうしようも無い事ぐらい理解してもいいと思うんだけど。 こっちの目的は魔天経文なんだから、アタマ使って絡め手で攻めれば、もう少しは手応えも見いだせるだろうに。 闇雲に襲うだけとか、どうなの本当。 自殺しに向かうようなものだ。愚かを通り越して滑稽でしかない。 結果を伴わないなら、捨て身の攻撃も自己満足だ。 どうせ捨て身なら、ダイナマイトでも抱えて突っ込んだ方がマシかも知れない。 紅孩児サマも、部下が可愛いなら策を練って指揮を取れば――――無理か。 あの王子様、一騎討ちとか好きな騎士気質だし。 ニィ博士は分かってそうだけど、あの人娯楽優先だからね……。 三蔵一行の事も玩具だと思ってそう。 つらつらと思考を巡らせながら感慨無く見下ろすその先で、最後の一人が命を絶たれた。 時計を見れば、戦闘開始から十分と経っていない。 「犬死以外の何物でも無いね」 ダメージだって与えていない。 再度ジープに乗って立ち去る一行を眺めながら、立ち上がって砂を払う。 風に乗って届くのは、濃厚で濃密な、血生臭さ。 それを感じながら、まぶたを閉じて。 「さて、私は何処までできるかな?」 何処か試すような、淡泊な呟きを唇に乗せ。 もっとも有効そうな策を、シュミュレートし始めた。 ■ ゲーム−躍らせて躍らされて− 盤上を挟んで、お互いするのは言葉遊び。 躍らされるのは趣味じゃない。 狭い研究室で、チェスの盤を間に置いて向かい合う。 黄博士に見られたら、嫌味の一つも言われるかも知れない。 勿論、目の前の相手が。 どうせ気にしないだろうその男と私のチェス・ゲームは、現在互角。 白と黒の駒は、持ち手の張り巡らせた架空の戦闘に従って、黙々と動かされ続けている。 「チャン、聞いたよー。三蔵一行のお相手命じられたんだって?」 「ああ、何処まで出来るかは解りませんけど」 取り敢えず言質は取ってある。私が人間である以上、こちらの指示に従わない妖怪もいるだろう。 手傷は負わせられても始末できない可能性が高いが、それでも問題無いかと。 それで許可が出る辺りに、玉面公主様の現状への苛立ちぶりが伺えるようだった。 正直、失敗する確率の方が高い。高いが―――――紅孩児サマみたいな、甘々でやる気は無い。 でもチャチャ入れてくる気がするんだよね、あの人。俺の獲物だって公言して憚らないから。 大昔の一騎打ちでもあるまいし、母親の身柄かかってるんだからもっと冷酷になれないのかあの王子様は。 ……………改めて考えるまでもなく、不確定要素だらけかな。 「大変だねー」 「死なない程度にやりますよ」 ぎし、と椅子を軋ませて背中を反らせる博士に、褪めた様子で応え、白のポーンを進ませた。 「あ、そう来る?」 「意表を突いてみようかと」 「そう言えば、王子サマと派手に口論したんだって?」 黒のナイトを進ませながら、二ィ博士が何気なく言う。 あ、そう進ませるか。白のクイーンとビジョップをどう進ませるかシュミレートしながら、ナイトを沈める。 「口論、と言いますか…少々意見が食い違っただけの話ですよ」 時間としては数分とかからない会話だったように記憶している。 派手な口論と表せるレベルでは到底無い。何処で尾びれがついたのやら。 「へー。原因は?」 薄暗い好奇心に目を煌めかせるニィ博士。成程、見事な野次馬根性。さすが研究者。 だが、わざわざ語る気などあるはずもない。あの甘々王子様との口論の原因、だなんて。 脆弱な私にとって、ここではふとした言葉すらも記憶しておくべき駒なのだから。 内面を覗くような真似を許す気はない。けれど、覚えている。口にするには馬鹿らしい程に下らない、許し難い食い違い。 ―――元の世界に還るのは諦めろ、この世界で生きていけ。 親切のつもりだったのだろう。わざわざ危険を犯す事など無いと。 だが、これ以上馬鹿馬鹿しい忠告もない。その程度の事すら分からず協力しているとでも思ったのか。 リスクは承知で、私は此処にいると決めたというのに。 「さぁて?私には紅孩児様のお考えなど計りかねる事ですから」 はぐらかし、予想した通りの駒の進め方だった事に内心だけでガッツポーズを取る。よし計算通り。 誘導する通りの筋道で成り立ったチェス盤に目を細め、キングの駒に手をかけた。 「はい、チェックメイト」 「……待った!」 「お断りします」 ただ今の戦歴:三勝五敗―――――――― ※ひとくちメモ ・ニィ博士とは表面笑顔で計り合う仲。こやつ、侮れぬ……!同属という事ですね分かります。 ・人間でしかも玉面公主寄りなので、王子様方との仲は大変微妙な距離感。根本的に価値観が合わない。 ■ 宣言する−いや、一度は言ってみたいし?− ウサギの王子様こと紅孩児サマご一行と三蔵一行は、何だかんだで仲が良いと思う。 一応敵同士じゃなかったっけ、あんた達って。 まぁ、結局私自身李厘と悟空にねだられて此処にいる訳だけど。……解せぬ。 飯屋の一角で、昔(?)話に花を咲かせる紅孩児サマご一行&三蔵一行を眺めながら、溜息交じりに杯を煽って。 「〜。ね〜む〜い〜」 首に腕を絡めてくるオヒメサマの訴えを、「あーはいはい。眠いんですねー」 と軽く流す。 その対応が気に入らなかったのか、李厘はむぅっと唇を尖らせて更に腕に力を込めてきた。 首が絞まり、息が詰まる。血管を圧迫されて、視界が酔いの所為では無く揺らいだ。 「ちょっ……!」 可愛らしい仕草と裏腹に、的確に気道を圧迫される苦痛に眉宇をしかめて腕を叩く。 妖怪であるだけに、李厘の腕力は半端では無い。下手をすればこの場で首が折れかねない。 「あっ、ごめん!」 飛び退かんばかりの勢いで腕を放し、「大丈夫?ごめん、オイラ手加減苦手で…!」 と心配と顔に描いて弁明する少女に、喉を撫でながら無言で手を振って大丈夫だと示す。 影響と言えば、一気に血が昇っていく感覚で頭が少しクラクラするくらいだ。 まるでしょぼくれた子犬のような表情でこちらを伺う李厘の姿に、自然と微苦笑が浮かぶ。 「気にする程の事でもありませんよ。……でも、次からは気をつけて下さいね」 「…!うん!!」 ぱぁああああっと表情を輝かせ、「だいすきー♪」と語尾を踊らせて擦り寄る李厘の頭を撫でる。 金に近い色味を持つ橙の髪は、ゆるくウエーブがかかっていてとても柔らかい。 その感触を楽しみながら徳利に手を伸ばすと、悟浄と目が合った。 一瞬虚を突かれたような表情をしたものの、すぐさま笑みを浮かべて見せた辺りは尻軽男の面目躍如か。 色気漂う、それこそ10人中7人くらいの女性を難無く篭絡できそうな甘い笑みだったが、私が悟浄に向ける視線に含まれるのは陶酔では無くむしろ呆れだ。 三蔵一行とは(悟空以外)馴れ合った事なんて無い私がオチない事くらい察していそうなモンだけど。 女性に優しいって言うより、見境無いんだろうなこの男。 「何」 「いや?笑顔が綺麗だなぁ、と」 ………。 沈黙。いつから見ていやがったんだろう本当。 愉しげな相手に多少どころでない不快感に襲われたが、それを表情に出すことは無く無表情に酒を注ぐ。 嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、それより先に相手が口を開いた。 「どうせなら、俺にも笑いかけてくれナイ?」 アホか。 李厘を撫でながら、冷ややかな一瞥をくれてやり―――ふと、ある思いつきが頭を掠めた。 「笑顔、ねぇ……」 く、と唇を歪め。両の瞳を眇めて、笑みを形作れば悟浄がぎょっとしたように目を丸くした。 ついでに李厘とか、うっかりその笑みを見てしまった者が驚いてるのが視界に入るがそれは気にも留めないで。 冷たく。 傲慢に。 それでいて、何処か愉快そうな……支配的な甘さを含んだ。 「本気でそう思ってるんだったら、」 滴る程に毒を孕ませた、微笑みを浮かべて。 「跪いて、靴をお舐め」 空気が見事なまでに凍ったのは、結構面白い光景だった。 いや、冗談に決まってるから。 ※ひとくちメモ ・悟浄もさんも冗談のつもり。でもインパクト差でさんの判定勝ち。 ・全員が「似合いすぎて洒落にならん」と思ったとか思わなかったとか。 ・思った以上に悟浄が偽物臭い。どうしてこうなった。 ■ 恋愛する。−お好みのタイプはどんなヒト?− 「チャンさぁ」 既に定例となったチェス・ゲームの最中、タバコを咥えたままでニィ博士が切り出した。 「何でしょう?」 ちらりと一瞬だけ視線を向けて言葉を促し、顎にあてた手を離してビジョップの駒を進ませる。 間を置かずにニィ博士のナイトが動き、動かしたビジョップが撃沈したものの、それは想定内だったので特に反応もせずにポーンを動かしてクイーンの駒を倒す。あ、そう来る?と呟くのが聞こえた。 「まーた口論したって?王子サマと」 「…あちらがいちいち意見を仰いにお越しになるだけですよ。口論なんてものではありませんのでご心配なく」 いい加減に意見が合わない事を察して懲りて頂きたいものだが。なにがしたいのか、あの人。 椅子の上でゆるりと足を組み代えて、その上にひじを乗せ、頬杖をつく。 些かうんざりした溜息というオマケがついてくるのは、件の“オウジサマ”との口論とも呼べない些細な言い合いがほぼ恒例となりつつあるから、だろう。クツクツと、心底可笑しそうに哂いながらビジョップが動かされた。 「心配してんでショ。か弱いニンゲンのオンナノコだしねぇ、君」 「どうせ気遣うのなら別の方面でお気遣い頂きたいところですけど、ね」 諦めがイコールで元の世界に戻れない事に繋がってるのだから、それくらいなら死んだ方がマシというものだ。 この世界で、苦労してまで生きてゆきたいとは思わない。 私の心配なぞしている暇があるのなら、経文の一つも集めてきて頂く方が建設的だろうに。 「いい加減諦めて頂きたいんですがね、私を説得する事なんて」 「止めそうにないと思うけどね?案外、チャンに惚れてたりしてね」 「紅孩児サマがぁ?」 意外過ぎる発言に、思わず顔を盤上から上げた。 にんまりとチェシャ猫めいた笑みを浮かべるニィ博士に、無い無いとぱたぱた手を振って否定する。 確かに顔で恋愛するタイプではないだろうけど、だからといって事務的な対応しかしない私相手にはあり得まい。 「だってねぇ、最近じゃヤケに熱心に突っかかってるジャン」 …そういえば、一緒に三蔵一行と戦って(?)以来回数が増えてるような。 でも。王子様、ねぇ。人間性は確かに良い部類ではあるんだけど。 「仮にそうだとしても、好みじゃありませんので」 確かに美形で目の保養にはなるけど、恋愛したい相手ではない。 と言うかあの人、色恋沙汰になると重そう。愛情釣り合わないと面倒な手合いな気がする。 「へぇー…じゃあ好みのタイプはどんなの。三蔵一行の連中なんかどう?」 「却下。短気な男も子供すぎるのも尻軽もご免ですので」 「一人抜けてない?」 「猪八戒ですか。悪くはないと思いますけど、考え方は合わないでしょうね」 ここは何処の女子高だと言いたくなるような妄想恋愛トークに終始しながらも、チェスの手が疎かになる事はない。 現在互角の盤面上は、どちらにも転びそうで転ばない絶妙な均衡の駆け引きが続いている。 「ああ、でも―――」 ふと、手を止めてにこりと微笑み。 「ニィ博士の事は、好きですよ」 反応は無い。無いが、代わりに無言で進められたキングの駒を、瞬時にクイーンが撃沈させて。 あ、と呻いて盤上を見るニィ博士。今更ながらに、先程の手が致命的なミスだった事に気づいたらしい。 「……謀ったね」 「さて。何のことでしょう?」 ペロリと舌を出して、若き女狐は微笑した。 ※ひとくちメモ ・動揺じゃないよぎょっとしただけだよニィ博士。ときめきの無い二人組。 ・王子様はいい人。だけど盛大に大きなお世話なのでさん的評価は「お前空気読め」 ■ 哂う−ああ、いつから私 は − 指先が触れたその首は、闇に映えて白かった。 「他愛無いなぁ」 嘲笑も余裕も、見下す感情すら感じられない、透明無色な声が空気を震わせる。 少女が体重をかけたのに伴い、ベッドが沈み込んでスプリングが軋んだ。 力無く横たわる男の首に片手を添えたまま、色の薄い唇を耳元へ近づける。 「油断大敵…ってね、三蔵サマ?」 耳朶を打つ言葉が、その快に踊る。 三蔵は応えない。当然だ、意識が無いのだから。 けれど、死んでもいない。 首にかけた手から伝わる暖かさも、トクトクと波打つ血の音も、途切れはしない。 殺すも生かすも思いのまま。彼の生殺与奪権はこの手の中。 力無いこの身でも、首筋にナイフをあてがい動脈を切り裂くくらいは簡単だ。 別に、殺したいわけじゃ無いけど。 咽が引き攣る。震える。 湧き上がる衝動は飲み込んで、殺しきれない感情が口許をゆがませる。殺す気は無い。 この男をこの場で殺せば、あの連中は確実に私を殺しに来るだろう。 デメリットしかない危険を、あえて犯す気などさらさら無い。 ああ、けれど。 「うふ、ふっ――――」 不思議だ、笑いが止まらない。 かろうじて咽の奥で引っ掛かって留まる哄笑が、歪に肺を焼く。 首にかけていた片手を外して、指先に舌を這わせて。 双眸を潤ませ、熱い吐息を零す。 「…最高だね」 支配する、という快楽。 ※ひとくちメモ ・シチュエーション:宿屋に二人きり(三蔵様昏倒中) ・トリップ後の荒んだ生活のせいでサドっぷりに磨きのかかるさん。鬼畜外道になる日も近い。 |