世界は時の概念を忘れた。 だから、この世界には“風化”というものは無い。 何らかの変化を行うには、生き物による干渉が必要不可欠だ。 例えばそれは人間だったり、ポケモンだったりというような。 「・・・・・・・・・・・・・」 うち捨てられた廃墟の町。 ずっと昔、そう―――それこそ時が動いていた時代には、そこそこの規模だっただろう町の一角。 明らかに人為的に叩き壊されたその町の、地下室でネルはそれらを見つけた。 積み上げられた白いもの。 まるで白い大理石を敷き詰めて積み上げたような。 黄ばんだ部分もあるそれらはひどく無造作に、その場に取り残されていた。 かつては生きて動いていただろうもの。 人間もポケモンも等しく取り混ぜて、もはやどれが誰のものかなど分かりはしないほどに混沌と、雑然と、整然と放置された――――無数の骨。 虚ろな眼窩をネルに向けて、無数の髑髏が不躾な侵入者を黙視していた。 慎重に室内を観察して、ネルは動くものが無い事を確認する。 そして警戒を解くと小さなカンテラを床に置き、足下に散らばる骨をじっと観察した。 太い骨、細い骨、小さな骨、大きな骨。 明らかに折った形跡の残る骨、焼け焦げの痕の残る骨、刃物をあてたらしい傷のある骨。 中にあるべき髄液が無くなった大腿骨、脳の無い頭蓋、見える範囲では見当たらない軟骨。 「・・・・・・・・・・・ああ、成る程」 感情の無い、平坦な声でネルは納得したらしく呟いた。 世界に風化の概念は無い。 たとえ今後何十年、何百年経過しようと、あらゆるものは自然に朽ちる事は無い。 だから、これらも“処理”された当時のままなのだろう。 食べた、当時のまま。 狂おしいまでの飢えに耐えかねた、―――――ともぐい、の。 この町は、砂漠に囲まれた町だ。 近くにオアシスがある事から推測して、時が動いていた当時は交易のための町だったのだろう。 けれど時が止まり、流通も滞るようになって一気に食糧事情が悪化した。 町の住民は、この町から出なかったのだろうか。 こうして同胞を喰うまでに追い詰められて尚、どうして食料を求めて外へ出て行く事をしなかったのか。 何か理由があったのかも知れない、とネルは考える。 出て行く事のできない、なんらかの理由が。 「・・・・・・・・でも、きっと理解はできないな」 ネルだったら、どんな理由があってもこの町を出て行っただろう。 死んだ仲間だか殺した仲間だかを貪り喰って、飢えをしのいで命を繋ぐよりも。 外に出て行って、生き残る可能性にかけた方がよほどマシだと思うのだ。 さもなくば、自ら命を絶つまでだと。 そう考えるから、理性を捨ててまで喰い合っただろう彼等をネルは理解できない。 本能のままに誇りを捨てて。けだものとなって。 (そうまでして、何がのこるっていうの。) ふ、と無意識のうちにとめていた息を吐き出す。 床に置いたカンテラを拾って、ネルは一度だけ部屋の彼等に黙礼した。 朽ちぬ屍達に、今を生きる者としての敬意をはらうように。 物言わぬ躯達を、哀れむように。 過ぎ去った死者達の、弔いのように。 踵を返して地下室を退室する、ネルの足取りに揺るぎは無い。 彼女と共に明かりが失せて、白い墓標は元通り、変わらぬ闇へと沈んでいった。 かつての食糧倉庫の中、彼等は世界の果てまで眠る。
弔われた狂飢
「ネル、使えそうなものはあったか?」 「記録ひとつ残って無かったよ。無駄足だった」 「そうか。次は何処を当たるか・・・・・」 「それは後で考えようよルツ・・・・・今日はもう疲れたよ私」 TOP |