陽が、沈む。



薄紅、紅、橙・・・・・様々に淡く濃く、赤の色彩が透明に揺らめき、輝き、昏く沈み、

――――プリズムとなって煌めく。

見渡す限り、まるで血の湖に沈めたかの如くに染まる街。
真紅の柘榴色―――禍々しい色彩が支配する、狂刻【マガトキ】。



薄闇の<影>。



<蜃気楼>の子供達。



其れは、ひどく現実味の無い・・・・けれど、確かに存在する世界。





―――――――狭間の、街。





“世界”でありながらひどく狭く、

          “街”に過ぎない癖に、途方もなく広大な。


何ともいびつに歪み、捻れ、破綻した。
咬み合わないパーツを無理矢理繋げたかの如く、矛盾に満ちた・・・・・世界。


しかし、如何なる場所であれ、住まう者達にとっては――――其れこそが、“日常”。
そしてこれは、彼女にとっても言える事だった。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

染め上げられた色彩そのままに、真紅に変化した街路樹。
赤い薄絹のヴェールを幾重にも重ね、連ねたかの如き・・・・・美しくも妖しい光景。
静かで賑やかな雑踏のただ中で――――珍しく夕暮堂のマスターは、困惑に近い表情を浮かべていた。
その眼差しは、彼女自身の腰の辺りへと注がれている。

黒曜石を細く削って造形された、硬質的で透明な黒髪。
細く華奢な肢体は、煙水晶から削り出された人形そのもの。
大きく歪んだサファイヤの瞳からは、今にも真珠の涙が零れ落ちそうだ。

「・・・・・申し訳ありませんが、お嬢さん。離して頂けませんか?」

少女は無言。

ただ、彼女の服の端を握る手に、更に力を込めた事は―――しっかりと認識できて。
きゅっと唇を引き結び、泣きそうなのを堪える少女に。

白起は、気付かれない程度にため息をつく。


・・・・・うーん。店は勾が何とかしてくれるだろうけど・・・・・


辺りを浸食する夕日の光。
元々、商品の食材を買い込んだらすぐ戻るつもりだったので、店は開けたままだ。
もっとも、勾はそれなりに有能なスタッフだし―――彼女がいなくとも、しばらくは何とかなるだろう。

それより問題は――――


共食いされると、困るんだけどね・・・・・


片手で抱え込んだ紙袋を抱え直しながら、心の中でそう呟く。
紙袋越しに伝わる、材料の動く感触。
一応、逃走防止及び食い合い等の防止のため、種類別に箱に封じてあるものの・・・それでも、ガタガタ、ごそごそと不穏な動きをしている、幾つもの箱。
中には、妙に細長い真緑の‘何か’が時折突き出し、ザワザワと這うものもある。
あまり長くは持ちそうにないですね、と考えながら、今度魔狂宴【サバト】の主人に意見しようと決意した。




「――――あら?マスターじゃありませんか」

唐突に、横手から声がかかった。
首だけでそちらを向けば――――先ず視界に入ったのは、長く揺れる金砂の髪。
猫を模したかの如き黄玉の瞳に、チョコレート色の肌。
ゆったりとした布を身に纏い、幾匹ものコブラを侍らすその姿は、砂漠に属する神霊【ジン】の一族の貫禄があった。

「おや、みいさん」

「珍しいですね、この時間にこんな所にいるなんて」

不思議そうに首を傾げるみい。
見知った客の言葉に、白起は苦笑の混じった微笑を浮かべる。

「ちょっと、迷子に捕まりまして」

その言葉に、みいは軽く眉を寄せて。

「迷子・・・・・それって、」

「っみい姉様ぁっっ!!!」

出るはずだった言葉は、少女の泣き声混じりの叫びによってかき消された。
白起の服の裾を掴み、影に隠れるようにして潜んでいたはずの少女が、大粒の真珠の涙をぼろぼろと零しながら勢い良く飛び出す。
いきなり抱きつかれた事に、一瞬の動揺はあったものの―――――少女を見て、みいはその表情を華やがせた。

「あや!」

「ごめんなさいっみいねえさま・・・・・っ!!」

ぎゅっと、力一杯抱擁を交わして喜び合う二人。
どうやら迷子の少女は、みいの連れであったようだ。
押し潰されてじたばたもがくコブラの存在は――――完全に黙殺されている。


「絵になりますねぇ」

感動的――――と言えなくもない光景から半歩程退いた状態で、微笑まし気に、そんな感想を口にする。
だが、ふっと何かに気付いた様子で、紙袋の中を覗き込んだ。

「・・・・・ああ、やはり共食いしてしまった」

至極残念そうに呟いて、白起はふぅ、とため息をつく。
だが幸運な事に、まだ全ての食材が使い物にならなくなった訳では無い。
幾つかの箱は残骸だけになってしまった様だが、今だ、異様な動きをする箱や、唸りを発するものもあった。

「食材が全部役に立たなくなる前に、帰らないといけませんね」

ぽそりと、独り言のようにそう漏らして。
この時間帯の夕暮堂は、客がそろそろ本格的に入り始める頃合いだ。
店員は勾と自分以外はいない事だし、さすがにきつくなってきているだろう。

「みいさん、店があるので、私はそろそろ失礼させて頂きますよ」

少し声を大きくして、しゃくり上げる妹を宥めるみいの背中に声を掛ける。
エクトプラズムを吐き出しながら、みいのコブラ達がガクリ、と力無く垂れ下がった。
金砂の髪を揺らして、みいがこちらを振り向き、軽く頭を下げる。

「ええ、あやが手間をかけてごめんなさい。後で、お店の方にあやと一緒にお邪魔させてもらいますね」

「いえ、大したことはしていませんから。
―――――では、後ほどお会いいたしましょう。お待ちしてますよ」



簡単に別れの挨拶を済ませ、背を向けて。

―――――白起は夕暮堂へと、足早に歩き始めた。
















――――――赫き狭間の刻





              昏き<影>


                                                          <死霊>の属





あらゆるモノ達が来る、異界の店







――――― “夕暮堂” ―――――







                       さぁ、心を澄ませて?
                               其処への扉は、すぐそこに存在する。



笑顔のマスターと、可愛いウエイターの迎えてくれる不思議なふしぎな一軒の店。










「いらっしゃいませ。今宵の≪現実≫は、如何でしたか?」
























何で硝子人形と神霊が姉妹?とか思うかも知れませんがそこはそれ、狭間の世界ですから。



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