異端の客達


狭間の世界





―――――そう、其れは奇妙な世界の物語。





                    綴られる時間は幻?


                                             それとも現の闇の夢?




疑問も疑惑も素知らぬ顔で、“其処”は今日も存在する。









【 夕暮堂 】









夢の宿り木             刹那の瞬き




陽炎の路が、貴方を誘う。






              ―――――さぁ、今宵も逢魔ヶ刻が参りました。
                               鈴の音響かせ 来たるのは――― ・・・・・?




















――――――――リィ・・・・ン



澄んだ音を奏でて、オーロラの薄絹で生成されたベルが揺れる。
客の来訪を告げる音色に、カウンターにいたウエイターの勾【コウ】が笑顔で振り向く。

「いらっしゃいませ!」

柔らかな、白混じりの薄茶の髪が、動きと共に従ってふわん、と空気を孕んだ。
お定まりの文句と共に、勾の犬耳がピンッと立つ。
本日何人目かの来訪者はこくりと頷くと、硝子玉のような瞳をカウンターに向ける。

その視線を追って、彼は未だに本に没頭している店主に声を上げた。

「マスター、お客さんですよ!」

「・・・・・。そんな大きな声でなくとも、聞こえますよ」

一瞬間を置いて返事を返すと、白起は読みかけのぶ厚い本を静かに閉じる。
そんな彼女に、勾はきゅうっと眉根を寄せて。

「いい加減店で読書する癖、どうにかして下さいよぅ」

「いいじゃありませんか。読書は心を豊かにしますよ?」

爽やか――――としか表現しようのない笑顔でそう言い切ると、白起は来客へと視線を向ける。

磨りガラスの如き白翼に、青白く細い四肢。
整った容貌は、まさしく丹誠込めた彫刻のようだ。

・・・・・・・・・・・生きている印象が全く無い、と言う点まで含めて。

何度か来訪している常連客。
馴染みの客である彼女に、マスターの白起は、底の読めない微笑を浮かべた。

「今晩は、白羽。今宵は如何な≪現実≫でしたか?」

「・・・・・今晩は」

氷片を散りばめたような、凍えた声。
問いには答えない彼女に、白起は喉の奥でクツクツと笑う。

「これはまた・・・・・何時にも増して、ご機嫌斜めのご様子ですね」

「・・・・・・・」

無言のまま、白羽と呼ばれた客がカウンターに腰掛ける。
白起の斜め向かいの席にいる彼女は、常と変わらぬ、仮面の如き無表情。

「――――本日は何に致しますか、白羽。いつもの氷雪嘩でも?」

問われ、白羽は数秒程度黙考する。

「今日は、別のを」

「ええ。それでは・・・・・最新のにでも、してみましょうか」

「マスター、星の闇茶とライフルシャーベットお願いしまーす」

呟くと同時に、奥のテーブルからのオーダーを伝える声が響く。
それを口に出さずに復唱して頷くと、ぱちん、と指を弾く。
其れと同時にティーカップや泡立て器、幾つかの材料がもぞもぞと動き出す。

そちらに目を向けること無く、いつの間にか目の前に鎮座していた歪な形状のグラスに、大きなビンから取り出した、禍々しい黒の欠片を取り出して放り込む。
クンッと白起が指を引くのに合わせて、棚からショッキングピンクの液体の入ったボトルが飛び出した。

キュル、きるるっと奇妙な音で動いている器具を見上げ、指揮者さながらに指を振るう白起。

カウンターでは注ぎ口の無いボトルが、グラスの中に自らの内容液を注いでいる。
液体に触れた途端、欠片は霧状の物質に、液体のショッキングピンクは淡い桜色へと変容した。
其処へ紫暗の球体を加えると、白起は完成した其れを、白羽の前に置いた。

「どうぞ、天使殿」

言葉と共に差し出された、奇妙にねじ曲がった形のグラス。
其れをしばらく無言で鑑賞すると、白羽はグラスに口を付けた。

「これは・・・・・何?」

「<妄核夢>ですよ。良い酒が入ったので、新しく作ったカクテルです。
―――――お気に召しましたか?」

こくん、と頷く白羽。
その後ろで、新たな来客を告げるベルが鳴った。



――――――リィ・・・・ン・・・・・



「いらっしゃいま・・・・・ホワイトさん!」

新たに入ってきた客の姿を見た途端、勾の表情がぱっと輝いた。
嬉しそうにシッポを振りながら、ホワイトと呼んだ人物へと駆け寄る。

「やぁ、勾君こんばんは。元気そうで何よりだよ」

白い髪に白磁の肌。
唇も爪も、全身が比喩でも何でもなく、無垢な白色を纏った<客>。
顔の上半分を覆うのは、黒銀の縁取りを施した白い仮面だ。

「はいっ!ホワイトさんもお元気そうで何よりです・・・・!」

したぱたとシッポを振って、憧れの人と対峙する勾。
どうも、職務を忘れきっているらしい。

「勾。話は後にして、今は星の闇茶とライフルシャーベット、運んで下さいね」

にこにこ笑顔で後ろから声を掛けると、不満そうではあるものの、素直にはぁいと返事が返る。
ホワイトが、白起に軽く手を振ってみせる。

「お久しぶりです、マスター」

「ええ、お久しぶりです。来ると思ってましたよ、今日辺り」

「おや、予測済みでしたか」

「何となく、ですけどね」

のほほんとした笑みと言葉を交わしながら、勾にオーダーの品を渡す。
ゆっくりとした足取りで、ホワイトは白羽の隣の席――――白起の目の前に腰掛けた。

「今宵の≪現実≫は如何でしたか?」

「まぁまぁ・・・って所だね。思案茶と狂想曲お願いします」

「承りました」


ぱちん、


白起が指を弾くと同時に、甘く暗い色彩を持った不安定なケーキと、緑柱石色のティーカップが出現する。
炎細工のティーポットに濃い琥珀色と黄緑の入り交じった液体を注がれて、ぶるりっと大げさに身震いした。

「音郷さんこんばんは。何を飲んでいるんですか?」

高いソプラノで、ティーカップが歌い出す。
上機嫌な様子で、狂想曲にフォークを突き立てて問うホワイト。

「妄核酒、だそうです」

視線をグラスに固定したままで、白羽が答える。

「へぇ。私も飲んでみようかな」

無感情な白羽とは対照的に、興味深そうに呟くホワイト。
ティーカップの歌声が、人間であれば可聴領域ギリギリの所まで高く響く。

その音に、奥のテーブルから戻ってこようとしていた勾がきゃんっと鳴いて耳を押さえた。
どうやら、耳の良すぎる程に良い勾にとっては耳障りだったようだ。

近くで望失酒を飲んでいたヨウ・ハームのグラスも、不機嫌そうにティーカップを睨み付けている。


歌は、止まない。




白起は店内に視線を走らせると、指揮棒を振るような仕草をする。
それと同時に、はた迷惑な‘歌声’の音が、ソプラノからテノールへと変化した。

勾が耳から手を離すのを見届けて、満足げに一つ頷き、中国風の男装をした女性に声を掛ける。


「ヨウ・ハーム、漆楽獄は如何ですか?新しくメニューに加えたいのですが」

緑なす黒髪に、ほっそりとした顔立ちの女性。
その肌には、幾重にも植物が巻き付き、芽生えている。
男装していながらも、その動作は流れる水の優雅さを備えていた。

「では、有難く」

優美な微笑を浮かべて頷く、男装の麗人。
彼女に試食される事になった<漆楽獄>の名を冠する漆黒のゼリーが、麗しい絶望の楽を奏で始める。

低く低く、澄んだ闇色の音色。


呼応して、ティーカップの調子が上がっていく。





グラスの不機嫌度は増したが。













「マスター・・・・・グラス達、大丈夫でしょうか」

戻ってきた勾が、その光景を見ながら心配そうに呟く。

「安心しなさい。≪仕事中に≫喧嘩などしたら割られてしまう事を、彼らも知っているからね」

それとは対照的に、心配している様子など欠片程もない店主は。
飄々とした風情で、そうとだけ応えた。





楽しそうなマスターと心配そうな可愛いウエイターの見守る中、今夜も夜が更けていく。



















さぁ、耳を澄ませてごらん?




鈴の音が聞こえたら  そこは不思議な【 夕暮堂 】








今宵の客人は  一体何がご所望でしょう?











「それでは良い≪現実≫を―――――」


曖昧な狭間の空間の中、楽しげにマスターは微笑んだ。





















まぁこんな感じで、夕暮堂は運営されているのです。
人間の常識は通じないのが基本(真顔)


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