染まる世界

沈む空間


歪み狂う天は 時の気紛れ



緩やかに 厳かに・・・・・・・・深紅の沈みゆく逢魔ヶ時






隻眼の大蛇  八首の人形  硝子の天使


人ならざる客達

異端にして 異形なる妖美・・・・・・・直視できぬ醜悪さ





――――――――“夕暮堂”





知っていますか?

夕闇に佇む奇妙な店を。
ヒトならざる者達の集う・・・・・小さな店を。







さぁ 耳を澄ませて?

鈴の音が、其処への入り口。





其れは虹の向こう側。


其れは鏡の中。



―――――其れは、夢の宿し木。







今日は、どんな客人が来るのかな・・・・・・?

















 リィィ・・・・・・・・・・ン


涼やかな音色が、空気を震わせる。
小さくとも、意識に引っ掛かるその音に――――最初に反応したのは、一人の少年だった。


「いらっしゃいませー♪」

其処に‘現れた’客に向かって、可愛らしい笑みを向ける。

ぱっちりとした、如何にも純粋そうな黒の瞳。
適度に日に焼けた肌、幼さの色濃く残るあどけない顔立ち。
首にかかるかどうか、といった長さの髪は白混じりの薄茶で、緩くウエーブしている。
そこから突き出る、ふさふさとした毛に包まれた犬耳。
赤茶のキュロットに包まれたお尻から生えた、短いながらも見事なしっぽ。
白のワイシャツの上から、白抜き文字で【夕暮堂】と書かれた、明るいオレンジのエプロンを着用している。

人と、犬の要素を兼ね備えた姿。
身体はまだまだ未発達とはいえ、それなりに大きいのだが・・・・・・それでも可愛いという評価が下されるのは、その無邪気そのものな容姿のためだろう。


“夕暮堂”における、唯一のウエイターである少年。
だが彼は、新たな客を見た途端――――戸惑ったような表情になった。

「マスタぁー、人間が来ましたよー?」

カウンターに座っている店主に向かって、そう訴える。
その声に、彼女は本から顔を上げた。

何処かを浮遊しているような夢見る瞳が、新たな客の姿を見据える。
その漆黒が焦点を結び・・・・・・やがて、昏く沈んだ、奇妙な輝きへと変化した。

そこそこ整っている、ただそれだけの容姿。

特筆する程醜くも、だが美しくも無い容貌の中―――――異彩を放つ、瞳。


どこまでも【 人間 】ではあり得ぬ雰囲気を持った、奇妙な女。


「・・・・・おや。本当だね、勾【コウ】」

こくり、と首を僅かに傾け、呟きを漏らす。
若々しい――――だが、不釣り合いな程に老成した、落ち着きを含んだ声。


視線を向けられた“客”である少女は、戸惑いも露わな表情をしている。

パジャマ姿の、色の白い女の子。
折れそうな程にか細い手足をした・・・見るからに、病弱そうな子だ。
気弱そうな怯えた瞳が、おどおどと彼女を見返している。


そんな少女に向かって、マスターは柔らかな微笑を向ける。


「お客様、何をご所望でしょうか?」

「ってマスター、いいんですか?」

優しく問うた店主に、驚いたような表情になる。
この店に於いての“客”とは、大概に於いて[ 世界 ]と呼ばれる理による支配を受け付けぬ存在だ。
故にこそ、“目に見えるもの”に囚われがちな人間の客程、面倒なものはないのである。

「いいよ。ここに来た者は客だ――――礼を守る限りはね」

微笑のままで告げられた言葉に、はぁいと返事を返した。



 リィ・・・・ン



静かな鈴の音が、新たな余韻を残して響く。
微かに、しゅるしゅると衣擦れの音をさせて入ってきた“客”に、少女は慌てて場を退いた。
いらっしゃいませ!と、勾がお決まりの台詞を告げる。

「ほう、珍しいの・・・・・・・人間がおりよるわ」

珍獣でも見るかの如き風情で、彼女は呟いた。
十二単衣を身に纏う、月の一族の姫君。

同時に、店主にとっては古くからの友人である。

「おや。いらっしゃい輝夜【かぐや】」

優しい微笑に、僅かな気安さを覗かせて告げる。
姫君に相応しい貫禄で、輝夜がうむ、と頷いて見せた。

「今日は何をご所望ですか?」

「西洋の茶と菓子じゃ。ナルリューズに薦められての」

ころころと、まさしく鈴を転がすかの如き声で笑う。

「我は、あれらが好かぬが・・・そちであれば、美味なものを作ってくれると期待しておるぞ」

「おやおや・・・それでは、手は抜けませんね」

きらきらと、楽しそうに輝く瞳で告げる輝夜に、白起は大仰に肩をすくめて。
悪戯っぽく瞳を煌めかせて、困ったように呟く。

輝夜が、単衣の裾を翻して笑った。

「ほ、ほ、ほ。そちに楽はさせぬゆえ、心してかかるが良い」

「かしこまりました、お姫様」

クスクスを、笑みを零しながらおどけた返答をする。


勾に連れられ、奥へと消える輝夜を―――――少女は、目を丸くして見送っていた。





「ふむ・・・・・・・お嬢さんには薬想茶をお出ししよう」

しばしして、笑いを収め―――だが、柔らかな微笑はそのままに―――白起がぱちん、と指を弾く。

途端に、ティーカップとポットそセットが、少女の目の前に出現する。
ふわふわと浮遊する、硝子のティーポット。
陶磁器のような――――だが確実に陶磁器では無い、くるくると踊るティーカップ。


その光景に、少女が息を呑む。

暖かな湯気と共に、綺麗なエメラルドグリーンの液体が、カップへと注がれていく。
とぽとぽという音に合わせ、カップが身体を揺らしてリズムをとる。

甘く懐かしい、ハッカのような香りが、少女の鼻孔をくすぐっていく・・・・・・・・・

液体をカップへと収めたポットは、満足そうに身をくねらせて消失した。
後に残されたティーカップが、さぁ飲めといわんばかりに、少女の手の中に収まる。

「代金はすでに受け取り済みだ。気にせず飲むと良いよ」

「だいきん・・・?あの、払ってないと思うんですけど」

戸惑いがちに、少女が白起を見つめる。
その目には―――――不安と、好奇心にも似た感情がちらついている。


ティーカップは早く飲んでと不満げだ。




「君には、すでにもらっているよ。―――さぁ、飲みなさい。
        それ以上じらすと、ティーカップがつむじを曲げてしまうからね」






促されるままに・・・・・・少女は、カップに口を付けた。

おずおずと。
しかし表情を綻ばせ、味わいながら薬想茶を飲む。



その姿を、満足そうに眺めるマスター。

















  ――――――――― からん
















「ご来店ありがとうございました。それでは良い《現実》を――――――」


にこやかな微笑のまま、ティーカップの落ちた場所に礼をする。
少女の姿は、すでに消えていた。











「あなたからの代金は“純粋な涙”ですよ、お嬢さん」















さぁ、耳を澄まして?


軽やかに鳴る鈴の音聞けば  そこは、不思議な【 夕暮堂 】





ヒトならざる者達の集う 奇妙な場所

不思議な世界の不思議なお店










「いらっしゃいませお客様。何をご所望でございましょうか?」



















お遊びオリジナル夕暮堂奇譚。


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