目の前には、薫り高い湯気を湛えた厚手の白いカップ。
この店の店長が入れた、美味しいと定評のある本格的な濃いブルマンのコーヒーだ。
そのカップを見据える少女――――否、童顔なためにそう見えるだけで、実年齢から言えば女性と呼んだ方が相応しい――――は、ひどく真剣な面持ちをしていた。
童女の無邪気さと愛らしさが色濃いその顔は、今はさながら討ち入り直前の赤穂浪士か。
ふ、と目を閉じ、はしばし沈黙して。
くわっ!と大きな目を決然と見開き、カップを手に取り、コーヒーに口をつけ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・にがぁ〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ふにゅう、と悲痛に顔をしかめた。
コーヒーの入ったカップを置いて、隣に同様にして置かれていた果汁5%の癖にリンゴジュースと詐称する液体で舌を癒す。悲痛な表情がみるみる安堵に変わっていくのを見ながら、“Honky Tonk”の店長である王 波児【 ワン ポール 】は呆れの混じった苦笑を浮かべた。

「だから、無理すんなって・・・・・・・・・・・・・・」

「むぅー」

カウンターに突っ伏して、ぷくぅ、と頬を膨らませてむくれる
そんな彼女に、ウエイトレスの夏美がいささか不思議そうに問いかける。

「いきなりどーしたんですかぁ?コーヒーのブラックに挑戦っ!って」

「あー、それな」

ふてくされ気味なに変わって、波児が口を開いた。

「蛮のヤツに言われたんだよ。“ブラックコーヒーが飲めんなんざ子供だな!”って」

しかも鼻で笑って。

「んー、あいつはもういいんだよね。その場で鼻の骨砕いたから」

完全に一発KOされて床に崩れ落ちた蛮が、速攻で相方である銀次の手により病院に担ぎ込まれたのは言うまでもない話である。蛮のプライドは宇宙より高いので、しばらく立ち直れないだろう事は確実だ。
右ストレートによって宙をキリキリと舞った彼の姿を思い出して、「時々馬鹿だよな、あいつ」と呟く波児。
夏美は生ぬるく笑みを引きつらせた。 知らない間にそんな事が。
そんな店長と店員の反応をさして気にした様子も無く、は「それでね」と続ける。

「ボクとしてはさ、蛮の言った事も一理あると思ったんだ」

一理だけでもあったのなら、右ストレートは勘弁してやれば良かったんじゃあ無かろうか。
波児はそう思わないでも無かったが、口には出さなかった。まぁちょっと自業自得でもあった訳だし。

「だからね、こうやってブラックコーヒーを頑張って飲んでるんだよ!」

「・・・・・・・・・・・・・えっと、頑張ってねちゃん!」

ぐ!とこぶしを握る乱夜に、夏美は無難な言葉を選んだ。
賢明な判断と言えよう。
「うん!」と真顔で頷いて、は再度、コーヒーに口をつける。
・・・・・・・・途端に、なんとも形容し難い嫌そうで悲痛な表情になったが。

「・・・・・・・・やっぱ、砂糖かミルク入れたらどうだ?」

「う・・・・・・いや駄目!それは駄目なの!!それやっちゃうと負けた事になっちゃうから駄目なんだー!!!」

一瞬心が揺らいだらしかったが、慌てた様子で自分に言い聞かせるように叫ぶ。
味覚は人それぞれで違うものだし、別にブラックでコーヒーが飲めないくらいで勝ち負けが決まったり子供である事の証明になったり、貶められたり名誉が損なわれたりする訳でも無いはずなのだが。



「ボクは負けないんだからー!!!!」



どうやらすっかり意地になっているらしい。
高々とこぶしを振り上げて叫ぶに、波児はやれやれと肩を竦めた。






ぶれいくたいむ。

味が分からないのが子どもだって言いたかったんだと思いますがさん。


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